『此処に、春』





「お疲れ様でした」
 居室に戻るなり護衛はそう言って微笑んだ。普段と変わりの無い疲れを微塵も感じさせない表情を見て、その面の皮を剥がして寄こせと言いたくなる。こっちは年末から続く多忙スケジュールを漸く終えた所で、愛想笑いも綺麗に出来る自信が無い。
 年始の宴が終わった今でも頭の中では国営事業報告書や予算補正の中身がぐるぐると拷問のように回っている。
「毎年思うけど…年始の祭典は良いとして、打ち上げは失くしても良い気がする」
 王城内無礼講の宴と銘打っているが、主に上層部や文官達の空騒ぎも良い所だ。酷く虚ろな目をしながらワインを瓶ごと呷る者までいる為に、医療班には年始から世話になっている。
「これを楽しみに多忙をやり過ごしている者も居ますし、せめて辞退をし易い環境を整えれば良いんじゃないですか?」
「…楽しみにしてるのはあんただろ?」
 誰が始めたのかは知らないが、隠し芸大会なんぞが打ち上げの中に盛り込まれているのだ。決算やら予算案やらで忙しい時期に、今年は何をしようかなどと考えなくてはならないのは中々に苦痛である。
 そんな中、一人だけ嬉々としているのがウェラー卿だ。何せ堂々ネタ帳の中身を公開出来る稀な機会なのだから逃す手は無いだろう。疲労の色が濃い観客は、固まる事無く形だけでも拍手を送る事が出来るのも、彼にとっては魅力の一つに成り得ているのかもしれない。
「グウェンやヴォルフだって羽目を外していたでしょう?」
「自棄にも見えるけどな」
 着ぐるみやら女装やらで仮装大会のような出し物の連続だ。そういうおれも人の事は言えないのだけれども。…仮装は何かを新しく会得する必要も無い、多忙を極めている者にとっては手っ取り早い出し物だからだ。
 ユーリは母国の実家から持ち出した振り袖を男性用の着付け方で適当に着ていた。その民族衣装の詳細など誰も知りやしない、それを良い事に酷い有様だ。帯など結べないからと云って前面で片結びになっている。
「着替えますか?」
「いや、風呂入ってからで良いや」
 では入浴の支度をとコンラートは奥の部屋へ足を向けた。だがそれは一歩踏み出した所で進むのを止める。がっちりと主に肩を掴まれたからだ。
 振り返れば、ユーリは口角を上げて親指でワインセラーを示した。
「飲まれなかったんですか?」
「あんたがあの場じゃ碌に飲めねぇから控えてたんだよ。今から飲み直そうぜ」
 去年の宴の席では珍しく浴びるように飲んで、宴の席でも護衛の為に素面でいるコンラートに介抱された事を一年間気にしていたらしい。そのような些細な事、面倒でも無いというのに。
 ユーリはずるずると裾を引き摺る事も頓着せずにしゃがみこみ、ワインを自らの手で取り敢えず二、三本取り出す。クライスト産とギレンホール産のどちらが良いかなどと呟いたが、悩んだのは一瞬でどちらもテーブルに置かれた。
 俺は出されたワインに合わせて、球体のような形をしたグラスを用意するとコルクスクリューを握った。詮を抜いた時に立ち上がる芳香に双眸を細めて、杯を満たす。
 二人が席に着くと、摘まみの到着も待たずにグラスを打ち鳴らした。
「乾杯」


 * * * * *


 意地になっていたのだろうか。
 ペースを落とす事無く赤に白にと液体を流し続け、摘まみは食べ物では無く過去の思い出話となっていた。
 ユーリが「あんたがくれるワインは必ず産まれ年の物だよな」と、今迄口にはしなかった事実を知っていてくれた事が嬉しくて、ついつい昔の事ばかりを思い出してしまったのだ。
 「脱走の罰にってグウェンが三日三晩執務室に閉じ込めてからは、控えるようになりましたよね」と数十年も前の事から始まり「グレタがお嫁に行った時の涙は忘れない」と泣きが入るまでは良かった。どうしてか「あんたとこうなる予定じゃ無かったんだけどな」とユーリが漏らしてからが問題だ。
 不意打ちで右フックを食らったような顔をしたコンラートが「如何いう事です?」と真顔で詰めると、ユーリは明ら様に「しまった」と顔に出していた。
「おれもあんたも至ってノーマル嗜好じゃん?馴れ初めだって、結構その場の勢いーみたいな感じだったし」
「まあ確かに。でもその時にだって、貴方の口は俺を好きだと言っていましたけれども」
「そりゃあ好きは好きだろ」
 どうやら長い付き合いの始まりは食い違っていたらしい。その事を今頃になって知って何があると云うわけでも無いが、二人は一気にグラスの中身を呷った。胸にわだかまった何かを一緒に飲み下して有耶無耶にしてしまおうと云うわけだ。
 ユーリはグラスに新しく注ぎ、すぐにまた口に運ぶと、勢いが良過ぎたのか唇の端から一筋流れ落ちた。それを自らの人差し指で掬い、舌を出して指を拭う。その一連の動作を一瞬も逃さず見詰めてしまったコンラートは、目線を外してから「そういえば」と口を開いた。
「貴方は飲むと、感度が増すのに気付いていましたか?」
 蒸気した肌に誘われるままに抱けば、喉を壊さないかと危ぶんでしまう程に声を上げてよがる。激しい腰使いは無意識と云うよりもわざとだと思う方が自然だ。良いように転がすつもりが翻弄され続けたのは、その時が初めてだった事を思い出す。
「体温高くなるからだろ」
 当人はそっけない返しを口にするが、足を組み直す動作は誘うように映った。それが乱れた裾からはみ出した素足だったからだろう。ファンシー好きの母親の私物であったとは思えない黒地の着物は肌をより白く見せる。ゆらゆらと揺れる足を見て、いつ履き物を脱いだのだろうかと疑問に思った。草履をつま先に引っ提げていたのだが。いつの間にか蹴飛ばしてしまったらしい。
「足で扱いて欲しそーな顔してんぞ」
 笑みを掃いた口許に誘われるまま指を這わせたら、ユーリはその指を三本まとめて口内に招いた。舌はぐるりと節くれだった指を舐め上げる。先程ワインを掬った指にしたのとは違った意図を持つ蠢き方に堪らなくなった。指を舐めて貰う行為は注挿を思い起こす。テーブルを挟んだこの距離がもどかしい。
「やらしい顔」
 指を含んだまま、揶揄かうような響きを持ってころころと笑うユーリは、音を立てて指を引き抜くなり椅子から立ち上がった。立って、と目線が訴える。俺は濡れた指を持て余しながら立ち上がったが、酔いのせいかバランスを崩したユーリを見た瞬間にはそれも忘れて腕を伸ばしていた。
「あー…飲み過ぎた」
「気分は?」
 腕の中のユーリは、一層深く笑んで、言葉を投げる。
「最高」
 手加減無い力でコンラートを絨毯の上に倒すと、間髪入れず上に乗り上げてくる。その時の衝撃でだろうか、頭のすぐ横に空の酒瓶がテーブルから転がり落ちてきた。しかしそれも直ぐに意識の外に追いやられた。
 露わになった太股ががっちりとコンラートをホールドしている。其処につい手を乗せてしまったからだ。
「積極的な気分なんですか?」
「暴力的な気分かな」
 裾に咲き乱れる細かな花の柄がくしゃくしゃに皺を寄せて見る影も無い。その中に着ている白の長襦袢までもが大きく広がっていた。
 冷静に、この気温では寒々しい格好だと思う一方で、その姿に惹き付けられてやまない。やはり母国の物とだけあって良く似合っている。
「良い?」
「良いも何も、そんなに凶悪な誘い方をされて無碍に出来るとお思いですか?」
「誘ってるんじゃない、襲ってるんだ」
 どちらも似たようなものだろうとは言わずに、腿の内側を撫でる。少しだけ裾を動かせば黒い紐が垂れてきた。悪戯心でそれを解き、布を取り去ると視界がもっと絶景になる。
「オヤジめ」
 憎らしい口をききながらも楽しげで、彼は普段と何ら変わりない俺の軍服に手をかけてきた。布を重ねただけの彼とは違い面倒な服だ、俺は雑にだが素早く己の上着を寛げると上半身を僅かに起こして脱ぎ捨てる。だが、それに少し不機嫌になった彼は「おれが脱がせたかったのに」と文句を言ってきた。それに苦笑して、中に着ているシャツだけでも任せようと寝そべる…脱がされると云う行為は今でもくすぐったく感じた。
 前を全開にさせて露出した上半身に、ユーリは両手をペタペタと付いた。筋肉が好きな彼だ、今に始まった事では無い。満足すれば他の場所にも手が伸ばされる。
 乳首を指の腹で弄られるのを見ているのは落ち着かなくて、やはりされるよりする方が性に合っていると思った。けれどひっくり返したら彼は脹れるだろう。それは俺の本意でも無い。
「うわっ」
 腹筋の力だけで上半身を起こすと、腹の上に乗ったままのユーリは落ちないように慌てて俺の首の後ろに手を回した。そしてぶら下がる様に体重を後ろにかけてくる。此方の体勢の方が双方干渉出来て良いのでは無いかと思うのだが、やはり不満か。
 だがじっとしていても仕方が無いので、目の前に現れた鎖骨に口付けた。それだけでなく、唇で挟むようにして食むと骨を銜えているような気分になる。
 既に肌蹴ている襟元に手を差し入れて胸元を露出させると、頭を埋めるようにして突起に舌で触れる。先程弄られた仕返しだとばかりに舐め上げるが、弄る前から立ち上がっていたそれは簡単に転がった。
「折角だから着ていて欲しいけれど、汚すのは偲び無いな…」
「別に良いよ、おれしか着ないんだし…もう着る予定も無いから」
「そうなんですか?」
「お袋が、おれの嫁さんにやるんだって取って置いた物だぞ?いっそあんたが着る?」
 それは遠慮したい。サイズの問題もあるだろうし。引き攣った笑いで誤魔化すと、ユーリも本気で言ってはいないらしく意識は違う方向に向いた。ユーリは俺の手を取るなり帯の結び目に乗せる。
「此処引っ張って。帯を解くのは男のロマンだそうだからやらせてやる」
 回ってはやらないけどな。と彼は男前に言い切った。その男のロマンとやらを俺は解らなかったけれども、帯を丁寧に取り払う…その瞬間はらりと合わせ目が崩れたのが印象に残った。中で結ばれていた紐も同時に解けたらしい。襦袢の上に着物を羽織った様はしっとりとしていた。
「また来年もこれ着ませんか?」
「…気に入ったの?」
 別にあんたを悦ばせる為に着たわけじゃないんだけどなぁ…とぼやいているが、吝かでも無いらしい。
 俺は一度きつく彼を抱きしめて、柔らかな唇を重ね合わせた。啄ばむように触れ合い、表面を舌で撫でると勿体ぶりながらも入口を開けてくれる。口膀内に侵入すると同時に、ユーリの尻へと手を伸ばし指先で撫で上げ、もう片方は覗いている彼の性器を握る。違う刺激が双方から生じてユーリは肩を震えさせた。
 勃ち上がりかけている雄芯の括れを親指で執拗に擦り上げていく内に、触れている襦袢に滲みが出来る。
「こっちでイきたくない」
 その意思を汲んで、俺は前を弄っていた手も後ろへと這わせた。尻を包むようにやんわりと揉んでから、後腔に両手の人差し指を宛がう。濡れていない入口を戯れに何度か突いてはユーリの反応を伺うのは悪趣味だろうか。
「ベッドに移動しましょう」
 ユーリを置いて、一人寝室にローションを取りに行くのは気が滅入るし、絨毯とは云え固い床に背中を押しつけるのは心が痛い。
 足を背中に絡ませてくれていたおかげで、抱き上げるのは簡単だった。昔に比べれば増えた体重を愛おしく思いながら、大事に寝台の上に降ろす。
 横に置いてある棚から愛用のボトルを取り出すなり、俺は彼の上に覆い被さった。先程とは逆の体勢だ。
 掌を皿状にしてローションをたっぷりと取ると、零れ落ちた液体がユーリの腹の上に広がった。その冷たい感触に顔を顰めるのを見て、今度は狙って彼の雄芯へと零す。抗議の声を発せさせる事無くユーリの片足を抱え上げ肩に担ぐと、顔を急速に近付けた。至近距離で目を見つめ合い、息を詰めたユーリの喉仏が上下に動くのを見る。
「挿れますから、俺の顔を見ていて」
 言うなりローションを絡めた指を二本立てて、孔を突いた。今度は戯れででは無く挿れるのだと云う意思を持った動きに、窄まった其処は吸いつくように受け入れる体勢を取った。長年でその反射が出来てしまっている事に内心ほくそ笑む。
 ユーリは異物が内側に侵入してきた際に、目を伏せる癖がある。いつもならぎゅっと閉じて快感を産むまで耐えるのだが、離れてはくれないコンラートの視線を外せずにいた。
 苦しげとも心地良さげとも取れないユーリの表情を眺めていると、不意に声が聞きたくなる。
「何が欲しいか言ってはくれませんか?」
 強烈な睨みが返ってきた。そういう意地の悪い言葉は彼の好む物では無いと知っていながら言わせたくなるのだが。
「ユーリ」
 尚も催促すれば、彼は諦めたように、だが悪戯を試みる時の顔をして口を開いた。
「…ディルド」
「…………」
「嘘だよ…だからんな顔すんな。ちゃんとあんたが欲しいよ」
 一瞬気が遠のいたが、呆れたように言い直された言葉に安堵して、欲しいと言われた己の中心が一層反応を示したのを認める。
 幾らか余裕の有る表情とは違い、一度浅い所まで引き抜いたコンラートの指は三本目を追加して前立腺の裏側へと急いだ。掠めるように動かすと予想通りの反応が返ってくるのが嬉しくて、苛めるかのように何度も繰り返してしまう。
 声を噛み殺しているユーリは、それでも呼吸の度に小さく高い音を漏らす。それでも必死に逸らさないでいる瞳には薄っすらと生理的な涙が溜まっていた。それがゆっくりと閉じられると、体の震えが顕著になる。そろそろかと目線を下肢に移すとユーリの性器は興奮に打ち震えていて、腹にくっつくかと云う角度で襦袢の滲みを広げていた。
 耳元に唇を寄せると、直接注ぎこむように「挿れますね」と低く囁いた。そのまま耳の内側を舌で舐め上げれば悲鳴のような声が上がる。それが段々と殺す事の無い喘ぎに変わっていくのを聞きながら、俺は慣らした後腔に既に起立している性器を宛がった。ユーリの腰をしっかりと支えると、挿入には問題の無い固さを持った雄芯を埋め込んでいく。
 「痛い」と言葉にならない擦り切れた声は、直接ボトルからローションをたらし潤滑を良くさせると落ち着いた。亀頭部分を中に納めると、残りを一息に押し込める。
「んん…はぁっ……全部、いった?」
 大きく息を吐き出す彼に頷くと、俺は抱え上げている足首を掴み引っ張る事でより深い域を目指した。そのまま律動を始めればユーリは直ぐに背を弓なりに逸らせる。
 もう片方の手でユーリの性器の先端…尿道口を責め立てると未だ溢れだす透明な液体に、吸い上げたい気分になった。
「ひぃ…っあああ…ああっ」
 ユーリは己の手の甲を口まで持っていきはしたが、中で限界まで膨れ上がった性器による揺さぶりに、押さえるに至らずシーツを握りこんでしまっていた。
「ちょっ、と…はげし…いぁあああっで、出る…出るから、もう…っ」
 着物を気にする余裕を一片残らず失い、寝台の上に広がった着物の上で前後不覚になる程に乱れていた。
 注挿を繰り返していた雄芯は、ユーリの射精時に一際きつく絞め上げられ、内側に精を放出させる。二度、三度に分けて痙攣し注ぎこまれる精液に体内を満たされ、雄芯を抜き取られる時には白濁が黒地の着物の上に零れ落ちた。


 * * * * *


 気怠いでは済まない全身の疲労に、四肢を投げ出す。翌日の執務を思えば無理をしてはならなかった。けれど抑えが利かなかったのはアルコールのせいか蓄積した疲労の為か…。
 とてもじゃないが畳んで仕舞う気にはなれない着物はベッドの横に丸めてある。来年はもう少し考えなくてはならないと思った。折角だから着付けも多少頭に入れておいた方が良いかもしれない、せめて帯を後ろで結べるくらいには。
 そこまで考えてユーリは、来年も着物を着ようとしている自分に驚いた。確実にコンラートの来年も着ないかとの発言によるものだ。彼が望むのなら叶えてやろうと云う気持ちがこんなにも当たり前に存在する事に、今更ながら驚いたのだ。
 珍しくユーリが目覚めてからも寝入っている男の髪を梳き、曝け出した額に唇を寄せる。
 此方の世界の常套句では無いが「今年も宜しく」の新年の挨拶を、願いを込めて口にした。



10.01.01 / blind


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