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Anniversary

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 風を通すのに開けられた窓から、ひんやり湿った空気が忍び入る。冷える肩にユーリは薄い掛け布団を引き上げた。瞼越しに感じる薄明かり。そろそろ夜が明けるのだと知る。
 今日も良い天気になると、昨日誰かが言っていた。間もなく空は濃紺を徐々に薄めて。たなびく雲は金色に染まって、山の端から朝を迎えるだろう。
 もう幾度となく目にしたこの部屋からの夜明けの景色は、瞼の裏にありあり浮かぶ。
 帳を開けるようにするすると夜を追いやる。清らかな白い光で部屋を満たす。それを祝福と感じられることこそがしあわせだ。
 ぬるまった寝具の中で笑みを噛む。
 何度出逢ってもそのたびにまっさらだと感じる時間。自分達にとっての確かな一歩だと思わせる瞬間。
 二人で迎える朝だなんて、それこそ万単位でカウント出来てしまうのに。常になくそんな感慨を得るのを、今朝が百何回目かの誕生日のせいだということにする。
 後ろで身じろぐ気配がして。伸びてきた腕が腰に絡む。擦り寄ってきて、寝起きの深い吐息が背中をくすぐった。
 コンラートの手に自分のを重ねて、甘やかに記憶を攫う。初めてこの部屋で朝を迎えた遠い遠い昔の――。
 だけど、はたと。
 辿りつく先はそれほど良い物ではないと気がついて、ユーリは拳を握った。どうかしたかと、コンラートの指がそれをくすぐる。
 朝っぱらから。今更そんなことをなじったところで不毛だと。湧き上がる腹立ちは息を吐いてやり過ごす。それでも浮かんでいた微笑みなんぞは、当然仏頂面にとって変わっているけれど。
 顔は見えないまでも、そんな変化が背中越し伝わったようで。
「どうしたの」
 過ぎし日の記憶は美化されるはずだと思うのに。と、もうひとつ溜息。
「初めてエッチした時は、終わった後にさっさと部屋に帰された」
「…そうでしたっけ」
 聞くんじゃなかったと後悔しているらしいコンラートに、やはり多少は責めてもいいかと思い直す。
「初めて朝まで一緒に居させてもらった時は、ひょっとしてあんたはおれが魔王だからって無理しているんじゃないかって、疑心暗鬼で一杯になっていた」
 しあわせどころか。
 部屋に満ちる真っ白な朝の光が恐ろしかった。傲慢な自分の罪を咎められる気がして。だけど清廉な光にこの身を焼かれたって、コンラートのことは離せないのだと。山の端から徐々に姿を現す太陽を睨みつけていた。
「ひどいなぁ。俺のことをそんな風に疑ってたなんて」
「疑念を抱かせるような態度をとるあんたが悪いんだろ」
 背中に苦笑がこぼされる。
 いつだって無かったことにできる――そんな一歩引いた彼の距離の取り方に、今はユーリが慣れただけだ。
 自覚はあるらしいコンラートに謝罪のように抱き寄せられる。仰け反って振り返ると、心得たキスが降ってくる。
 あれから幾度となく共に朝を迎えて。もうそれが彼の愛情の持ち方なのだとユーリは知っている。
 肩を引かれて転がって、真っ正面からのキスは深くなる。
 もうコンラートの気持ちを疑うこともしなくていい。
 いつもよりもちょっと崩れた感じが色っぽいと、寝乱れた髪に指を差し入れる。
 清らかな朝の光は、二人を祝福する為にこの部屋に満ちるのだ。
 薄青い空に初めの曙光が射す。


End


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