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バースデープレゼント

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 夏を前にしたある昼下がり。血盟城の比較的奥向き、十貴族らの私室だとかが並ぶ一角。
 洗濯物を抱えた侍女が、ほうきとバケツを手にした侍女と、立ち話をしていた。
「もうそろそろ決めてしまわないと」
「去年もそんなこと言ってたのよねー。だから終わってすぐに来年の相談始めようだとか…」
「それが年始に侍従長の交代があった時に、ちゃんと引き継ぎされてなかったらしいの」
「ええ? それが侍従長の最大の仕事じゃないの! 実際の陛下の身の回りのお世話はほとんどコンラート閣下がなさってるようなもんでしょ。だったら陛下への贈り物の取りまとめくらい、しっかりなさいよ!」
「――そんなだから侍従長に追っ払われたんじゃない?」
「ああ…地位だけは高いけど、間違いなく閑職だもんね」
 廊下でするにはどうかという内容に、丁度通りがかった衛兵がとがめた。
「おまえら声がでかいよ。そういうのは休憩室でやれ」
 しかし侍女たちは反省するでもなく。衛兵の両側を固めて詰め寄る。
「そんなことより、あんた」
「あんた達んとこは決まったの? 陛下へのお誕生日の贈り物」
 衛兵の顔にしまった、と後悔が浮かんだ。まずいところに声をかけてしまったらしい。
「えーっとな…それはお前らに任せるよ」
 弱々しく答えると、取られた両腕に逃がすものかと力が込められた。酒場でこんな状態だったら嬉しい限りだが、今はそれよりも恐ろしい。
「あんた達毎年そんなこと言ってるわよね?」
「だってよー、がさつな俺らに考えらると思うかぁ?」
「だけどほら、陛下、たまにあんたたちの控室に居らっしゃるって話じゃない」
「あー…まぁ…」
 猥談…いや、気を張らない雑談をしに、なら。
「だったら何かないの? ほら、こういうものを欲しがってらしたとか、興味を持たれたとか」
 おそらく正直に言ったら引かれるな、と賢明な衛兵は思った。陛下が、じゃなくて自分が引かれる。
 そんなことおっしゃるわけないでしょう、馬鹿! なんてことを陛下にお聞かせしてるの、セクハラよ!!――投げかけられる台詞が安易に想像できた。
 まだそれほど暑くもないはずなのに衛兵の額には汗が滲んむ。
「陛下は…そのぉ…」
「そんなもの、決まってるだろう」
 彼のピンチを救ったのは背後から投げかけられたきっぱりした声だった。
 突き飛ばす勢いで衛兵を解放して、侍女らは手にした仕事道具を背後に隠した。婦女子に大人気、特定の相手が居ないせいで、ある意味ユーリ陛下よりも人気を博すフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムが、グリエ・ヨザックと連れだって立っていた。
 お庭番はニヤニヤと笑っているから、陛下が喜ぶそんなもの、が何なのか判っているのだろう。
「閣下、それは一体?」
 すばやく牽制し合った結果、後ろ手にバケツをぶらさげた方の侍女が訊ねた。
「ユーリが喜ぶモノと言えばアレしかないだろう、コンラートだ」
 しれっと言い切る元婚約者に、瞬間その場が凍りついく。が。
「――確かに」
「喜ばれはするか…あわわわ」
「でも聞いちゃったら、もうそれ以外考えられない…」
「だろう?」
 得意げな本人に、ま、いっか、という気分になる三人だった。
「さいわい、陛下の誕生日までまだひと月あることですしぃ」
 ひと月、と指を立てるお庭番に、うむ、と元婚約者は頷く。
「ひと月もあれば、ユーリに贈っても恥ずかしくないだけの体裁も整えられるだろう。がさつだが、ああ見えてもあいつも前魔王の次男だからな」



 最近、護衛の帰りが遅い。
 魔王を警護するのが役目なのだから大抵はユーリに張り付いているのだが、それでも血盟城の警備を統括していたり、剣豪だとか英雄だとかの看板で頼まれ仕事をしたりと離れることもままあった。
 それでもユーリが執務室や会議室に缶詰になっている間を見計らってのことだ。公務を終えた魔王が護衛の部屋でくつろいでいるような時間までそばを離れるなど、多いことではなかった。
 持ち込んだ本を眺めていたが、昼間の疲れのせいか生欠伸ばかり出る。先に寝てしまおうか、と寝台に入ったところでコンラートが戻ってきた。
「お帰りー」
 枕を抱えたまま声だけ掛けたら「すいません、起こしてしまって」と起きた子供を宥めるように頭を撫でられた。
「ううん、まだ寝てないから――忙しそうだな」
 だけどもその手が心地良過ぎて、すぐにでも夢の中に転落しそうだ。
「ええ…まぁ――」
「誕生式典の打ち合わせ?」
 ユーリの問いかけに対する返事は歯切れの悪いものになる。
「それもありますけど――なんだか妙な仕事…雑用のような物が多くて。昼間は母の叔母がテーブルマナーの講義をするだとかいらっしゃって」
「ツェリ様のおばさん…って――まだお元気なんだなぁ」
 半分眠ったような声でもごもご言って。
「ええ、久しぶりに王都に出てきたらしくて」
 コンラートが答えた時にはユーリは既に寝息を立てていた。名残惜しく絹糸のような髪に口づけてから、コンラートは帰りがけ持たされた資料を溜息とともに見つめた。
『既に御存かとも思いますが…この際ですから魔王陛下とその周辺の方々の公務の概要を御説明させて頂きます』
 儀典長に呼び出されて行ってみれば、なぜかそんな話が始まった。魔王陛下の誕生式典を前にして彼も多忙な筈なのに、至って大真面目に。むしろかなり前のめりに。
 陛下と内縁関係にある自分への牽制かと思ったが、それにしては儀典長の情熱が腑に落ちなかった。
 取り敢えず神妙に話を聞いて――その内容は、生まれて百年は魔王の次男で、次の百年は魔王の護衛だったために何も目新しいことはなかったけれど――解放される直前に渡されたのがこれだった。
『執務室前の方々から預かっております。明日までにお目通し下さいとのことです』
 極秘の印が押されたそれをパラパラとめくってみれば、十貴族と魔王の距離だとか各領地の軍事力や経済の一覧、交流ののある国・無い国の様々な情報がまとめられていた。確かに超一級の極秘文書ではある。が、それにしたところで、護衛にすぎないが何かと便利使いされるせいで、全て頭に入っていることだった。
 国を挙げての行事、現魔王の誕生日という大イベントを前に皆の肩に力が入るのはいつものことではあるが、今年はそれ以上に、何かが妙だった。



 そんなわけでコンラートが一抹の不安を抱えての誕生日当日。しかしそれは杞憂にすぎず、統括として胸が熱くなってしまうくらい衛兵達の警備は完璧だったし、侍従侍女の動きは美しさを感じさせるほどだった。
 一体今年は何が皆をそうさせるのか。悪いことではないが理由の見当がつかなくてもどかしい。ユーリにこの違和感を訊ねてみたくとも、本日の主役にそんな無駄口を叩ける暇などなかった。
 ことは式典最後の夜会を終えて、魔王を部屋へと送り届ける途中に起こった。
 まず先に立ち塞がったのは1ダースの侍女たちだ。ユーリとの間に割り込んで、あっという間にコンラートを包囲してしまった。同時にユーリを半ダースの衛兵が囲む。
「さ、陛下は先にお部屋にお戻りになってお待ちください」
 コンラートの副官が言っているのが聞こえた。
 謀反にしてはウキウキワクワクとでもいうような楽しそうな雰囲気のせいで、今一つ緊張感が湧きおこらない。更に。
「何のつもりだ?」
 問いただそうも、違和感の理由はこれか、となんとなく納得してしまっているせいで上手くいかなかった。
 取り巻く輪から一歩進んだ侍女頭に、にっこり笑って引導を渡された。
「お支度を致しますから観念なさいませ」



 侍女たちで取り囲めばそうそう強行突破も出来まいという作戦は、悔しいが正解だった。
 いや、それ以上に支度とやらをされている間に聞かされた、『最後の講義』が驚異的過ぎて抵抗の気力を根こそぎ奪われたというか。
「王妃の務めは御子を産んで差し上げて――まぁ閣下の場合はそれはおそらく無理でしょうから」
 侍女頭がやっぱり無理かしらねぇ、と残念そうな顔をして、気を取り直すように咳払いをした。
「いえ、そればかりが王妃の務めではありませんよ。お気を落とされませんよう閣下。陛下がお喜びの時は共に喜び、おつらい時は一緒に悲しんで差し上げる、一番近しい者として陛下をお支え申し上げることが大切なのです」
「…肝に銘じてお…く…」
 だが、広げられた婚礼衣装を前にしては、いつまでも放心していられなかった。
「お前たちの気持ちは良く判ったから…だがそれは無茶だろうっ?!」
「いいえ、きちんと閣下の寸法でお仕立て致しております」
「今年の陛下への贈り物はコンラート閣下ですので!」
 底知れぬ熱意に押されて壁際に追いつめられ、本意ではないが当て身を喰らわせて逃げてもばちは当たらないかと物騒なことを考え始めたとき。
 ノックの音が響いた。
「入っていいかなぁ」
 と、魔王陛下の声と。
「ユーリ、助けて下さい」
「申し訳ございませんっもう暫くお待ちをっ」
 コンラートの叫びをかき消すように侍女の声が上がったが、ドアが開いてユーリが入ってきた。
 そして、山盛りの侍女たちに取り押さえられている護衛と純白の婚礼衣装を見て。
 ばっと後ろを向いた。
 喘ぐように背中が揺れる。何度か息を整えるように深呼吸して。
「ありがとう、みんな。最高のプレゼントだよ」
 なぜか背中を向けたまま感謝の言葉を述べた。語尾も不自然に震えている。
「嬉しすぎてもう待ちきれないから、このまま貰って帰ってもいいかな?」
 侍女たちは画竜に点睛を欠いたような気持ちがしたが、情熱的な魔王の申し出に否があろうはずがない。閣下が往生際悪くごねるから、と腹立ち紛れに抓るくらいで花嫁を引き渡した。
 ついてくるものと振りかえりもせずに私室へと戻る魔王陛下の後ろを、いつものように護衛が従う。陛下は時折引きつるように息を詰めて、護衛はげっそり面やつれしていたけれども。
 それと、部屋の扉が閉まると同時に、ものすっごい笑い声が聞こえてきたけれども。


End


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