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バースデープレゼント〜男のロマン編〜

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 笑いすぎて死にそうになった経験はおありだろうか?
 きっかけは、あれだ。
 魔王の誕生日を祝う夜会もお開きになって、部屋に引き揚げる途中。なぜか護衛と引き離された。
 護衛は周りを奥仕えの侍女たちにみっしり囲まれ何処かへと連れ去られ、残されたユーリは衛兵たちに部屋まで送られた。
 自分もコンラートも知らされていない事態だったが、緊張感の薄い和んだ空気にきっと誕生日のサプライズの類いだろうと当たりをつけていたのだが。
「我々が先に陛下のお耳に入れるのは大変まずいのですが」
 サプライズなのに先にネタばらし?
 コンラートの副官を務める男が、実に複雑な表情で申し出た。
「何、造反なの? だったらオフレコで聞いとくよ」
「ありがとうございます――今年の城勤めの者らからの贈り物は、その…何と申し上げましょうか――コンラート閣下でして」
「は?」
「ええ」
 不思議な話を聞かされた気がして視線を上げたら、副官が頷いて見せた。
 どういう権利でコンラートをやりとり出来るのかだとか。今更彼らから贈られなくとも、とか。どうやらそういうのは瑣末なことらしい。
「これ以上の贈り物はないだろうと、皆が盛り上がってしまってですね――特に侍女らが…そのぉ」
 そのう? 言い難そうにしているのを促したら。
「陛下に相応しく国一番の花嫁にして差し上げるのだと」
「…コンラッドが?」
 とっさにはあの護衛と花嫁という単語が結びつかない。どういうことかと戸惑っていたら。
「はい。変に力が入り過ぎてしまって…勢いで婚礼衣装まで用意しているんだとかで」
 それで先程からの、彼の笑いたいような困ったような…その表情の意味が判って。全てを理解した。
「…わかった。助けてくる」
「そうしていただけると助かります」
 コンラートが贈り物、という思考回路も不明ながら、それを花嫁としてというのもどういう発想かと…つっこみどころは満載だったが、なんだか暴走した侍女たちによってコンラートが絶体絶命だというのは判った。
 それと。
「上官思いのあんた達のことは、ちゃんとコンラッドに言っとくよ」
 周囲でかたずをのんで伺っていた衛兵達も、あからさまにほっとしてみせた。
 ノリノリの侍女たちを敵に回すのは怖いけれど、上司の報復を受けるのはもっと怖い――女性相手に遣り難いことも、直接の部下相手なら遠慮なく教育的指導を行えるというものだ。彼らが怖気づくのはもっともだった。
 それでピンチのコンラートを助けに入ってみれば。前もって聞かされていなかったら、たぶんそこで噴き出して使い物にならなかっただろう。
 コンラートは既に上着を剥ぎ取られ、四方八方から伸びてくる手にシャツのボタンもむしられているところだった。そして、さぁ、と突き付けられているのは純白の花嫁衣装。
 彼がすっかり青ざめて、思いつめた表情までしているのが痛々しくって――これ以上は駄目だ、ととっさに後ろを向い強引に視線を引き剥がした。
 案外、イケるんじゃないのか、とか、ついつい考えそうになるのを必死で追い払って。
 気を抜けば、折角の彼女らの気持ちをへし折ってしまうくらいの大爆笑をしてしまう自覚はあった。それでとにかくぎりぎりで持ちこたえて、どうにかこうにか部屋まで逃げてきて。
 変に我慢したせいで余計におかしいのか。いや、これが笑わずにいられる状況か。
「だって…ぷるぷる震えてんっ…ひーっひぃ…ぷはははぁ!」
「笑いすぎです」
 憮然とするコンラートには悪いと思っても。思っていても、なかなか止められるものではない。
 長椅子の肘掛にしがみ付いてひぃひぃ言って居るのだけれど、そのうちいよいよ、吐くばかりで吸えない息が苦しくなってきた。
 それなのに腹筋の痙攣はもう止まらなくなっていて…やばい、本当に笑い死ぬ…。
 死の恐怖を感じ始めた時に、後ろから羽交い締めにされて引き起こされた。強制的に肺が広げられて空気が入ってくる。
 これ以上やったら本当に死ぬ、と身体が危機感を覚えて、それでやっと笑いが沈静したのだった。
「…ごめん。ありがとう」
 かなりの部分、ツボに入ってしまったための不可抗力だと言い分はあったけれど、それでもさすがに悪かったかなと謝ってみたけれど、当然コンラートはむすっと臍を曲げていた。
「ごめんよ」
 もう一回謝ってみせたら、コンラートがしぶしぶ、といった感じに視線をよこして来た。
 次いで伸びてきた手が、頬を擦っていった。
 濡れた感じに、涙を流して笑っていたからだと気が付いた。更にそのコンラートの爪が、ぴかぴかに磨かれているのが目に留まって――慌てて笑いの発作につながる前に奥歯で噛み殺した。
 気が付いたコンラートが、その手で頬を抓る。
「…ほめん」
「まぁ…彼女たちも悪気はないんですよねきっと。あなたが好き過ぎるだけで」
 抓られたままうんうん、と頷いた。そう、それでちょっとハメを外し過ぎただけで。怒んないでやってよ。
「あなたに喜んでもらいたいっていう気持ちは良く判りますけど」
「おれがあんたにそう思ってるみたいに?」
 コンラートの手を取ってそう訊ねたら、彼は嫌そうに眉を寄せた。
 それでも手は預けてくれたままだったから、どうやらもう許してくれる気らしい。

 まぁそっからは成人男子二人が入るのも無理でない、部屋付きの浴室で湯を使い。ぽつりぽつりと今回の、侍女を始めとした血盟城あげての壮大な計画の全貌を聞かされて。
 また笑いの発作が再発しそうになったわけだけど。
 何しろ、周到にひと月近くも懸けてコンラートのお妃教育が進行していたというのだから!
「最近あんた忙しそうにしてると思ったら…そんなこ…とっ」
 コンラートの咎める視線に、慌てて髪を拭くふりをして目を逸らす。  もう随分遅い時間だったが、ユーリはこのままコンラートを帰す気も無かった。かといって彼はどういうつもりなのかと――聞いていなかった為にタオルの影から伺っていたら。コンラートはそのまま夜着を羽織ったので、ユーリもそれに倣った。
 護衛は今夜は魔王の元にて宿直。妃だったらお召し、とかになるんだろうか――また変な痙攣を誘発しそうで、枕を膨らましたりして誤魔化す。
「妙だとは思ってたんですが――毎年この時期に彼らが浮足立つのはいつものことですから」
 そのウラに今日まで気が付かなかったのは、コンラートが迂闊だったのでも、彼らの計画が完璧すぎたからでもない。発想が突飛過ぎたせいだ。よくもまぁこいつを『花嫁』だなんて…。
「あぁ!」
 花嫁、から連想が飛んで、ユーリは思わず手を打っていた。
 アレはこういうことだったのか、と納得した。 
「ヨザックから貰ったんだけど、どうしていいのか――ビミョーだなぁって困ってたんだよ」
 困った結果、また元通り包み直してあったプレゼントを、ユーリはこれこれ、と引き寄せた。
 ぴらっと開いてみたならば、それはどうもこの場にそぐわない――前掛け。職人が汚れを防ぐのに使うような、のではない。胸当てにレースがあしらわれていたり、柔らかな生地をたっぷり使われていたりと、明らかに女性用。しかも実用より装飾に重きを置かれているような代物だった。
 ヨザックからの誕生祝いはいつも人には見せられないようなジョーク系と決まっているので。
「まさかこれつけて料理や給仕をして下さいとか、そういう意味じゃないだろ?」
 まじまじと見つめていたコンラートは、片眉上げてみせた。
「してもいいでしょうけれど――料理や給仕」
 言っている内容を正確に汲み取って、ちょっと遠い目になる。厨房まで出張るのか?
「――給仕くらいにしとこうよ。じゃなくてさ! あんた、なんか余裕で思い込んでるみたいだけど」
 ユーリの顔がたまらずほころぶ。
「これ、あんた用だよ?」
 はい、と渡してやると、コンラートは面喰っていたが。すぐに思い出したらしい。
 むしろ、今夜これが出てきた時点で気が付かなかったこと自体、危機管理がなっていないというか、自覚が足らなさすぎだ。
「あんたはおれの花嫁なんだからな?」
 相手が素肌にこんなものを着けてるのをニヤニヤいたぶるのは良くても、自分がそんなことするのは絶対無理。ユーリもコンラートも、ここらへんの感性は美しく一致していた。
 にこにこ目を輝かせるユーリとうらはら、コンラートははっきりあからさまに嫌悪を示して――丸めて部屋の隅に投げようとしていたのを慌てて止めた。
「駄目だぞ、折角のプレゼントなんだから」
 抑え込んだついでに肩を寄せて近い距離から覗きこむ。
「おれの誕生日、なんだろ? 聞いてくれたって良いじゃないか。これくらい」
 おれなら絶対イヤだけど。
「なぁ、今日だけ、一回だけでいいからさ。着てみてよ」
 目を逸らして身を引こうとするコンラートに圧し掛かって動きを封じた。
「さっき助けてやらなかったら、こんなんじゃ済まなかっただろ?」
 頬に手をやって無理矢理こちらを向かせた。
 何しろ婚礼衣装でフラワーシャワー、だったんだから。
「良いじゃない、おれしか見ないんだし」
 目一杯いやらしく笑って見せたら、観念したようにコンラートが目を閉じた。
 瞼の上に褒美のようなキスをしながら、ユーリは心の中でガッツポーズをしていた。
 自分には縁がないと諦めていた男のロマンというやつが、ここにきて叶えられるとは。

「恥じらっている様が初々しかったり、倒錯的なのがいいんでしょう? そんなの俺がやったって…」
 コンラートは夜着を脱いでからも往生際悪くそんな文句を言っていた。
「いや、大丈夫、充分倒錯的だから」
 堪えようと思っていても、どうしても笑ってしまう。
 自分で手に取るのも嫌らしいのを、前で広げて見せたら、ひと睨みして仏頂面で手を通した。
「イロモノなだけじゃないですか」
 本当にしぶしぶ、大きくリボンになるようになっている腰紐を後ろ手に結んでいる姿は。確かに色気とは対極かもしれない。
「んー…恥じらいが足りないのかなぁ」
「充分恥ずかしいですよ」
 可憐なレースの下にあるのは傷の残るたくましい胸板。着痩せするせいで軍人のくせにほっそり見えたって、脱いだら野郎でしかないのだ。あまり似合わない。
「後ろ向いてみせて」
 コンラートはやっぱり嫌そうだったけれど、もう文句をいう気も失せたらしくって、黙ってもぞもぞと後ろを向いた。
 面と向かわないせいで緊張が解けたのかもしれない。コンラートが諦念の溜息をついた。
 その力の抜けた肩のせいなのか、むすっと不機嫌な顔がないせいか。背中でクロスした肩紐が、素肌に結ばれた腰のリボンが、その影から覗く尻が。
 中途半端に覗く裸身が、妙になまめかしくユーリに迫ってきた。それまで滑稽なおかしみしかなかったはずなのに。
 ユーリは無意識に手を伸ばしていた。
 浮いた背骨をなぞって、肌に絡む紐のように見えるのがまずいのだと気が付いた。清潔感のある白という色もだ。
 古い傷が線のように浮き上がっている剥き出しの肩に誘われている気がした。キスをして唇で探り出した骨の上から甘く噛む。リボンを掻き分けるようにして尻を掴んだ。女性のやわさのないのに滑らせて、贅沢にギャザーを寄せた生地を捲り上げて手を前に廻した。
 鍛えられた筋肉が乗った腿は堅く手を弾く。それでも内側の方は柔らかくて、擽るように指先を遊ばせれば、抱き込んでいた身体が居心地悪そうに身じろいだ。
 手の甲でわざと中心を掠めると、案の上、半勃ちになっている。コンラートの耳元で笑ってみせたら。
 半身を捻ったコンラートにがっしと上腕を掴まれて、寝台の上に投げられた。本職の無駄のない動きで馬乗りになられて、気が付けば見上げる体勢で拘束されていた。
 辛抱の限界がきたコンラートは、怒った顔をしていたけれど、欲情しているのも透けて見える。
 ぞくぞくするけれど、少し視線を下げたら頂けない。やっぱりこの男にフリルは似合わない。同じ軍人でもなんとなく勢いでこなしてしまう贈り主とは違って。
 へにょっと歪んだ口元に、咎めるみたいに乱暴なキスを受けた。髪に指を差し入れるのだって、引っ張る勢いで、絶対わざと痛くしている。
 痛い、と呻いてみたけれど構う気はなさそうだ。
 足を割られてコンラートの膝が押しつけられる。きつい愛撫に喉が鳴る。元よりコンラートの姿に妙に煽られていたものだから、簡単にそこはその気になって、脱がせろと腰を浮かした。
 ウエストの紐を解いて腿の半ばまで摺り下げると、あとは足で蹴り捨てられた。
 下から押し上げている小さな下着もさっさと取り払われて、その勢いのまま手荒く擦り上げられる。
 痛いくらいの手淫もだけど、うらはらに優しくさわさわと剥き出しの足に触れる布の感触も堪らなかった。上から垂れて被さるコンラートの前掛けだ。
 ぐいぐいと追い上げられて、さっさと吐きだしそうになる。真っ白な布の上に迸らせたらさぞや深い快感を覚えるだろうと、魅力を感じたが、思いなおしてくっと腹に力を入れた。
「上にしてくれ」
 コンラートの肩を押すと、拘束を解いてくれた。
 コンラートの足に座り込む。
 乱した裾が、馬鹿馬鹿しいと思っていても、色っぽい。そして下の隆起に持ち上がるシルエットがとても淫猥だった。
 膝上あたりでわだかまる布の端を両手で摘まんだ。
 勿体ぶって持ち上げる動作は、花嫁のベールを上げるのを意識してなのだけど。違わず取ったらしくてコンラートが失笑していた。
 うやうやしく口づける。だけど、熱くて滑らかな感触を感じたら、もう、駄目だった。
 早くこれが欲しくて。鼻の奥がきな臭くなるくらい興奮する。
 コンラートの首に手をまわして引き起こして、入れたい、と首筋に囁いた。
「仰せのままに」
 笑みを含んだコンラートの返答に、先程から端的な欲求ばかりを口にしていると気が付いたけれど。そもそも言わないと貰えないのだと、教え込んだのは誰だ。
 コンラートの身体を跨いで膝立ちで、突き出すようにした尻の間に、彼が指を忍び込ませた。
 こじ開け侵入する心地に違和感よりも陶酔を覚える。ほうっと息を吐いて、自分の呼気にも感じてしまった唇を、フリルをあしらった肩紐に擦り付けた。
 感じるままにユラユラと腰をくねらせながら、フリルの端を噛んで肩から紐を引きずり下ろす。鎖骨を吸ったり噛んだりしながら焦れる身体を紛らわせて、指が三本を数えるのを待ちかねて腰を上げた。
「まだ早い」
 嗜めるのに頭を打ち振って、後ろ手に掴んだ熱を体内に埋めていった。
 性急な挿入に緊張した内腿が痙攣する。だけどこれくらいでは大して傷つかないことは知っているし、何よりも。
「明日は休みだから」
 息を震わせながら伝えたら、コンラートが聞いていないと不思議そうにした。
「今夜は初夜じゃないか…だから休みをくれた…あんたの兄ちゃんが」
 彼らまでがこの茶番に噛んでいるのかと、物凄く嫌な顔をしたので、折角だから教えてやった。
「さっきあんたを助けに行く前に連絡が来たんだ…午前の会議を代わってくれるって…これってそういう意味じゃない?」
 コンラートはその兄そっくりの皺を眉間に浮かべていたが、苛立ちだとか何だとか、全てを取り敢えず目の前のユーリにぶつけることにしたらしい。
 凶暴な目で睨んで、断りもせずに繋がったままのユーリを押し倒して上から被さった。乱暴な行動に抗議をしようにも、感じ入った声しか上がらない。
「だったら遠慮は要らないな」
 遠慮なんていつもしてないだろう、とは、もう言葉にして紡げない。まだ熟れていない内を容赦なく突かれて、強すぎる刺激に身悶えるしかなかった。

 柔らかな布に腹を拭かれる感覚でユーリは意識を取り戻した。
 腰に巻きつけた足に紐が絡んだのも、二人の間で皺くちゃになった布地がユーリの高ぶりを包んで堪らなくさせたのも――二人で一緒に何度めかの吐精をしたのもちゃんと記憶にあるから、終わった後の心地よい疲労に連れ込まれてうとうとしていただけだろう。
 億劫でそのままぼうっと後始末をするコンラートを眺めていた。手にした自分を拭き清めている布は、間違いなくあの前掛けだ。
 汚れたシーツを洗濯に出すことへの抵抗感はかなり前に捨て去ったが、これはまた違う次元な気がする。
 もったいないことをしたと心が痛む。布地の感じからしてかなりの高級品だったと思うのに。眠くて堪らなかったが、振りしぼる様に声を出した。
「コンラッド…」
 恥ずかしくなるくらいに掠れていた声は、だけどコンラートには届いて覗きこんできた。
 いろいろ吐き出してすっきり満足した顔で、甘ったるく髪を梳いてくれる。
「もうこのまま、眠ってしまってもいいんですよ」
 申し出にうっとり頷いて、だけどこれだけは言っておかないと、と気力を奮い立たせた。
「そのエプロン…あんたが洗っといて…」
 コンラートの顔がぴくっと引き攣った。なので、確かに言ったからな、と安心して。
 眠りに落ちた。


End


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