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Cuff

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 眞魔国第二十七代魔王陛下が、百二十歳の誕生日を迎えられて、数日が過ぎた夜更け。その護衛であり名付け親であり、非公式のそれ以上の関係者である、ウェラー卿の部屋を訪ねる者があった。
 言うまでもなく魔王陛下そのひとである。
 まだまだ少年のころは、夜着のまま城内を疾走して来たりもしていたが。さすがに多少の分別は付くようになって、くだけてはいるものの、きちんと服を身につけている。
 柔らかなリネンのシャツは生成りの色で、プライベートの装いだ。
「まだ仕事?」
 入ってくるなり、書き物机の上を見てユーリが問う。湯を浴びて寝支度を整えてはいたが、溜まった書類仕事を片付けていた。
「えぇ。まぁ――別に急ぐものではありませんけど」
 こんな時間に訪ねてくるひとを放ってまですることではない。
「そう」
 ユーリはそのまま部屋を横切って、寝室の扉を押し開ける。
「なんだったらいいよ。おれ先に寝とくから」
 全くそんな気のない目つきで、そう言いながら。
 苦笑しながら後を追う。
「もしかして、それは…?」
 ユーリが手に持ってきた包みを、目で指して尋ねると。そう、恒例のあれ。と綺麗な眉を片方上げて肯定する。
「ヨザックからの誕生日プレゼント――ひとりで開けるの恥ずかしいだろ?」
 リボンで飾られたそれを振ってみせる。
「確かに…居た堪れないかも」
 その後の展開がどうであれ、笑い飛ばせる相手が居ると居ないとでは羞恥の種類が違う。

 勝手知ったるとばかりに上ったコンラートの寝台の上で、ユーリは包みを解く。
 冗談半分――いや、ほぼ丸ごと冗談で送られる御庭番からのプレゼントは、例年この手のものと決まっている。が。
「あれ?」
 蓋を開けたユーリの、意外そうな声に覗き込むと。イカガワシイものを想像していたので、ファンシーなピンク色に戸惑った。兎の毛のようにフワフワしたものが収められている。
「なんだ? ぬいぐるみ――」
 ユーリは取り出すべく持ち上げて。チャラ…と金属音――鎖。
 手が宙で止まる。ピンクのファーで出来た輪が二つ、十五センチくらいの金鎖で繋がっている。
「拘束具ですね…――シュールに可愛らしいですけれど」
「だよな〜――あぁ良かった…フツーのプレゼントに、勝手に卑猥な想像してたのかと思って焦ったよ〜」
 焦る方向が逆な気もするが。毎年毎年耳目を憚るような品を送られていては、受け取る方も慣れるというものだ。
「へー。けどいつものノリからしたら、今年はヌルイよな〜」
 柔らかい毛で自分の頬を弄りながら、そんな感想を述べている。――確かに肌触りは良いだろうけれど――慣れすぎです。
「それでも使ってみるんでしょ?」
 聞くまでもない問いを発すると。
「もちろん――折角ヨザックがくれたんだから。ちゃんと御礼言わないといけないし」
 感想言わないといけないし――と聞こえた気がしたのは、きっと気のせいだろう。
 まさか去年のあれも、その前のあれも、『御礼』仰ってるんじゃあないでしょうね…。
 「あんたをダシにして楽しんでんだから、居られたら盛り下がる」と、もうかなり以前に自分はそこから締め出されたが。魔王陛下は自分の幼馴染と友情を結んでいる。
 ユーリが、惚気を聞かせるには、これ以上の相手は居ないというので。仲間外れに甘んじてはいるけれど。何を何処まで暴露されているのか、時々不安になる。
 彼女の親友というのは、往々にして閨の中の癖まで聞かされていたりするものだが――幸い、ウェラー卿はそんなことを知らない。

「やっぱり手首にはめるんだよな」
 輪の径を確かめながら、すっかりユーリはその気だ。きょろきょろ室内を見渡しているのは。
「どっかに固定しようとか思ってませんか?」
「そんなのも興奮するかなって思って」
 無邪気にはしゃいでいるけれども。
 後ろから腰を引き寄せた。仰向けに倒れ込んできた身体を抱き込んで、着衣の上からユーリの中心に触れると。
「けれど、もう、興奮なさっておいでだ」
 恥ずかしげに視線を泳がせて。瞼が閉じる。再び開かれるときは、共にゆっくり口角が上がって。
「キスして――」
 身を屈めて後ろから、赤い唇に、口づける。
 何度か触れ合わせて、その感触を楽しみながら。目を伏せたユーリの笑みが深まる。
 襟足に伸ばされた手が、ゆるく髪を掴んで引き寄せられる。望まれるままに口づけを深くする。滑り込ませた舌先で歯の並びを辿って、敏感な歯肉をくすぐる。膝の上の肩が震える。
 更に奥へと進めると、待ち焦がれたように舌を絡められる。狭い口腔でせめぎ合う。互いを味わい、啜り合い。口での感覚が、脳内をすべて埋め尽くす。
 ちゅう、と吸い上げて口を放せば、甘い溜息が零れた。伏せた目元に朱を刷いて、壮絶といわれる美貌に艶が増す。その美しさは熱い衝動を掻き立てるが、同時にえも言われぬ恐怖も引き起こすのだ。
 目を離せなくなる。囚われる。
 ユーリが目を開ける。下から伸びてきた手が、濡れた口元を拭っていく。
「バーカ。今更びびってんじゃねーよ」
 仰向けに預けていた体を反転させて。コンラートの膝に乗る。煌めきを増した黒い瞳が覗き込む。
「あんたを掴んで離さないように特化したんだ。責任取れ」
 花か何かのような言い草だが。麗しい姿は咲き誇る花と安易に結びつくのだ。ついでに棘のあるタイプだとか毒のあるのだとか――寄ってきた虫を取って喰ってしまうのまで想像してしまって…そう考えたことを見透かされたら怖いので、慌てて放棄する。
「喜んで」
 ユーリの左手を取って薬指に口づける。真新しい指輪はキラキラとランプの明かりを返して輝く。
「ですからその色気、滅多矢鱈と垂れ流さないで下さいね――捕らえるのは俺だけにして下さい」
 ユーリはくすぐったそうに笑う。

 キスを交わしながら互いの衣服を脱がし合って。
 裸の胸にユーリがキスを散らす。そのまま鎖骨へ。肩へ。二の腕の内側の柔らかいところを処々食みながら、更に手の方へ。忠誠を誓う臣下のような仕草で、薬指の上に口づけて。こちらを確かめる瞳の、艶めかしさにびくりと身が震える。
 そんな反応を口の端で笑って、手探りで探しあてた枷で手首を戒められる。
「俺に?」
 てっきりあなたが拘束されたいのだと思ってましたよ。
 責め苛まれたりするのだろうか――不安なような楽しみなような。互いの気心も、愛情の深さも知り尽くしている仲では。嗜虐の行為も遊戯にしかならない。
 だがユーリはその片方を、向かい合う自分の右手に留めてしまった。そのまま指をからめて手を繋いで。チャリチャリと二人の間で金属のすれる音がする。
「いっそのこと、ずっとこうやって繋いでおきたい」
 うっとり耳元で囁かれた。揃いの指輪なんて慎ましげにじゃなく。もっとあからさまに乱暴に。そのままきゅっと耳朶を噛まれて、耳穴を責められる。
 熱い息を、身体を感じながら、滑らかな背中や尻や足を自由になる方の手で撫でまわす。手のひらに吸い付くようなきめの細かさを、心行くまで楽しんで。
 繋いだ手を、二人の高ぶりに導かれる。ふれ合う熱をどちらのものともなしに弄り。時に指に指を絡め。向かい合い、みつめ合って、唇も合わせる。
 ユーリの左手と俺の右手は、その間。胸の敏感なところを愛撫したり。身体の線を辿ってみたり。髪に差し入れて深いキスをねだってみたり。
 手枷の毛足の長いファーの部分で内股を刺激すると快いことがわかると。わざと焦らすみたいな距離でくすぐった。
 けれどビクッとユーリが身をすくませて。何事かと思えば。
「鎖が…噛んじゃって」
 何を、とは股ぐらの毛を引っ張られて教えられた。確かにそれは痛そうだけど。笑ったら、あんたも、とばかりに鎖をそのあたりに這わされる。
「厭ですってば」
 その手を掴んで、ダンスで相手を返すときのように、繋いだ手の下をユーリに潜らせた。右腕を背の後ろに捻り上げた形になる。
「痛っ…」
「動かない方がいいです。無理に動くと筋を痛めますよ」
 戸惑って軽く眉を寄せる表情を確かめて。
 空いている方の手で、再び二人の熱を高めていく。
 先をいじって。形を確かめ。全体を擦り上げて。時折、戒めた腕を引いて拘束を強くすると、手の中のユーリがひくりと震える。
 高まる情に熱を孕む瞳が、縋るような表情を浮かべる。左手は既に。俺の首筋に縋り付かせて。
 いつもよりも高まりの早い様子に、自分も引きずられる。乱暴なくらいに手の動きを強めると、詰めた声を洩らしてユーリが唇を噛む。捩じり上げられた腕を庇って、可愛そうなまでに背を反らせた様が、更に気持ちを獰猛にする。

 情を放った時に溢れた声には、苦痛を表すものすら混じっていた。
 脱力に倒れ込む身体を支え。無理な形で拘束していた腕を戻させると。縋り付いたたままでユーリが笑う。ちょっとヤバいかもしんない、と。
「痛いのが興奮するって、こういうこと? みたいな――マズイよぉ」
 禁断の世界に足を踏み入れちゃったのかなぁ…。
「寧ろこういったアイテムの、本来の使用方法はこっちですよ?」
「はぁ。なんでもよくご存じで。つか――責め上げ方とか詳しそう…」
「まぁ、喧嘩が商売みたいなもんですから」
 とりあえず控え目に答えておく。
 じっと眺められて。
「いや、やっぱり遠慮しとくわ――なんかエライところに連れていかれそう」
 いえ…そんな期待されても困りますけど。もともとそういう嗜好でもありませんし――さっきはまぁ…魔が差したというか…。
「たまには、だから楽しいんだよきっと」
「ですね。きっと」

 手の中に受けた二人分の精液を、そこに擦り付ける。指先で少しづつ埋めていき。
 相変わらず向かい合った膝の上に座るユーリは。軽く腰を浮かせて協力しながら、その間。手首のファーで肌をくすぐったり、指先で顔の輪郭を辿ったりと、ゆるい愛撫を繰り返す。引きずられる俺の手も、届く範囲のユーリを撫でて。
 火照る肌に冷たい金属の感触。耳を刺激する硬質な音。馴染ませる指が弱いところを弄ると、そこに吐息が混じる。
 切なげに寄せた眉だとか。伏せた瞳だとか。わななく唇は壮絶なまでの艶やかしさで脊髄を刺激する。やがてもどかしげに腰が揺らめいて。抜いて欲しいと腕を押された。
 ユーリが俺のに手を添えて、その上にゆっくり身を沈めていく。陶酔の表情ながら、その眼は至近距離からこちらを見つめる。
 繋がるその瞬間の顔を見ていたいのはお互い様らしくて。どうもいつも睨み合いの様を呈してしまうのだ。
 慣らすように、焦らすように。少しずつ埋めていく。
 あと少しの所で動きを止めた相手に浮かぶのは、困惑ではなく面白がるそれ。なので遠慮なくその腰を掴んで引きずり下ろした。
「ひあっ」
 卑猥な声を上げて、駆け抜けた快感に背筋を震わせる。身を引き絞る様な動きは俺とユーリの中をもどかしく刺激する。
 きゅっと唇を噛んで腰を揺らす。肩を掴んで身体を安定させ、繋がれた方の手は指を絡み合わせて。そのリズムで鎖も鳴る。
 ユーリは自分の一番好きなところを探り当て、擦りつける。時々タイミングをずらすのは、きっと、早々にイキそうになるのをはぐらかす為。
 うち振る首に艶やかな黒髪が散る。濡れた唇に張り付いた一筋までも、計算されたかのような色香を添える。
 一定のリズムで下から突き上げながらも、そのまま押し倒して本能のままに突き込みたい欲求とせめぎ合う。
 背に回した手が汗に滑る。擦れ合う肌もぬめって、原始的な感情に拍車をかける。
 噛みつくようにキスをしたら、そんな気持ちは同じだったようで。つく息までも貪り合うようなものになった。互いの髪をかき乱し、垂れた唾液が胸を汚す。
 中をかき混ぜる粘液質な音と、荒い息と、鎖の打つ音。耳からも流れ込む官能に、意識もとろりと蕩け出していく。
 身体をよじる仕草に、頂点が近いことを察して。ユーリを上にしたまま横たわる。片手で腰を抱き込んで、逃がさないようにして。
「やっ…ああぁ!」
 ユーリの身体が震える。その内はもっと。
 そこを繰り返し突き上げる。
 繋いだ指をきりきりと絞めあげて。嬌声を上げ続け。肩に爪を立てられる。
「あ、あ…あ…あ…」
 引き絞るような悲鳴が上がる。背中が反る。。全身が強張る。びくびくと中が蠢いて。それに絞り取られるように、吐精した。

 身を引くと、うっとり甘い呻きを洩らした。下半身の汚れをざっと拭って――右手しか使えないのは何かと不便。
 ユーリは。きっとこのまま眠ってしまう気だろう。余韻に身を委ねたまま眠りに落ちるのが好きな恋人の姿を眺める。うっすら刷いた笑みが食い足りた猫のように見える。夏だしこのまま寝かせておくに何の不都合もないのだが――。
「ユーリ、この鍵はどこです?」
 繋がれた左手を揺らして尋ねる。寝台の下に落ちていた箱の中は空だった。
「んー… カギぃ? 箱の中じゃないー?」
 眠そうな声だけで辛うじて返して。
「ありませんよ?」
 箱の周辺や寝台の上を見渡しても、それらしきものはない。
「じゃあこのまま寝よーよ…明日探せばいいじゃん…」
「ええ――ですが」
 言い淀む様子にやっとユーリが目を開ける。隣の部屋に続く扉を見たのは、俺の視線を追って。
「これから仕事すんの?」
 急がない、とは言ったけれど。ユーリの寝た後で片付けようと、算段していたので。
「すいません…実は昼までに出さないといけないので」
 宿題していないのを咎められている気分だ。
 ユーリは気だるげに身を起して。ランプの芯を大きくする。それで二人して枕の下や敷布をめくって確かめ。念のために寝台の下も照らしてみたが。
「鍵、入ってましたよね?」
「それをおれもさっきから考えてんだけど――覚えがないんだよなぁ。
 なーんかいつものプレゼントに比べてアレだなって思ってたんだけど…こういうことかなぁ」
 つまり最初っから鍵なんてなかったのだと?
「切りましょう」
 鎖部分は金属だが、手首を固定するのは毛皮なので、刃物で切れる。なのに意外な抵抗が起きた。
「えぇ〜。折角貰ったのに?」
 その鍵を抜いたのはあいつですよ。それにもう十分楽しんだでしょう。
「じゃあ、朝になったら使いをやって鍵貰ってきてもらって――」
 ですが今夜中に…。
 ユーリはそんな困惑の頬を軽く叩いて。
「付き合うよ。右手だけ。取り敢えず――せめて下だけでも履くか」

 手を繋いだまま服を着るというのは、なかなか面倒ではあるが、愉快なもの――なのだろうな。ヨザックの悪ふざけに少々腹を立てていたのだけれど。それでも、ふら付き、肩をぶつけ合いながら、始終楽しそうにしているユーリを見ていたら、まぁこれもいいか、と思えてくる。
 ユーリの貴族特有のきわどい下着を手伝うのは、矢鱈と楽しかったし。いつも解くばかりのそれを結ぶのは、なんだか新鮮で――せっかく着けたのをまた脱がせたくなって、苦笑された。
 長椅子の前に書類一式を運んで。ユーリは長椅子の上、俺の膝枕で寝ている。書類を押さえる左手と、繋がったユーリの右手。
「大丈夫ですか? 血が下がりませんか?」
 身体より高い位置のテーブルに乗せた手に、そう尋ねると。
「平気だからさっさと片付けちまえ」
 文字を目で追って。少し視線を外せばユーリの綺麗な顔がある。さっさと終わらせたいのはやまやまなのだが。
「あまり見ないで下さいますか」
 眠っているとばかり思っていたユーリに。下からじっとみつめられていて。我慢できなくなってそう懇願する。
「だって、こんな角度から仕事中のあんたの顔なんて見ることないし。かっこいいなぁって思ってさ」
 感に堪えない、という風にそんなことを言われて。からかわれているわけではないのだろう。闇色の瞳はキラキラしているし、頬まで微かに染めている。ただ、そんな熱烈な視線を至近距離から当てられるのは。更に少し目線を動かせば、上半身は何も纏わないままで。先ほど散らした情交の名残まで、そこここに赤く浮かんでいる。
 これは何かの苦行か? そんな気すら覚えながら、ペンを走らせる。
 短い夏の夜は更けていく。夜明けまでは、もう数時間。


End


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