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キャンディ

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 試料が入った試験管を冷やしているときにうっかり水を入れてパアにして、おれらの班は放課後に延長戦。
 六人しかいないせいでだだっ広く感じる化学実験室で一から試料を作り直し、あとはこれを十五分後に測定するだけだった。
「ごめんよう。これでも食べて許してくれよぅ」
 うっかり水入れちゃった張本人、成瀬が巾着を取り出して開けた。中身は飴らしい。
「安いなぁ」
「じゃあ二個取っていいから」
「あ、私のど飴駄目だ。辛いの嫌」
「お前は子供か」
 袋の中は様々な種類の飴がチャンポンになっていた。
 女子は皆こんなものを持ち歩いているんだろうか。だけど選べる楽しさにちょっとテンションが上がる。
 いちばん腹の足しになりそうな練乳味を一個取ったら、「こっちもオススメ」といちごミルクを指差されたのでもう一つはそれにした。
「ありがとー」
「あと三分――計器のスイッチ入れたか?」
 声が上がって、おれはいちご味を口に放り込んで記録用のノートを開いた。

 自転車こいでの帰宅途中。通りすがった小さな生菓子店の、『ホワイトデー』ののぼりが目に入った。
 バレンタインだホワイトデーだと商魂たくましいな、とやっかみまじりに流そうとして、そういえば母親は家の三人の男どもに、律儀にチョコを贈ってくれたんだと思い出した。
 やはりここはクッキーだとかキャンディーだとかを返しておくべきか。いや、返さないといけないんだな。
 だが確認するまでもなく今の財布の中は百円玉が三枚だ。昼にパンと牛乳を買った時に見たから間違いない。
 幸い十四日まではもうしばらくあるとペダルをこぐ足に力を込めて。帰りついた自宅。おかえりーの声に返事をしながら手を洗って、排水口に吸い込まれていった渦に、ふと。
 ポケットの中には飴玉がひとつ。

 ぷはっと顔を出したら「お帰りなさい陛下」。
 まるで学校から帰って来たのを労われたような、へんな気持ちになって笑った。
「ただいま。あと、陛下じゃなくて」
 コンラッドは楽しそうに今度は名前で呼びなおした。
 引っ張り上げられたのは血盟城中庭の噴水。風にあたると急激に冷えてきて。渡されたバスタオルをひっかぶって着替えに向かう。
 濡れた上着のポケットに手を入れると、小さな包みはちゃんとあった。
「これ、やるよ」
 差し出すのを掌に受けて、その小袋が何か判らなかったらしいコンラッドは摘まみあげて不思議そうな顔をした。
「飴だよ」
「あぁ…」
 中身が判ってもまだきょとんとしているコンラッドを見て、おれは急に恥ずかしくなってきた。
 何をおれは飴玉一個を渡すためにスタツアしてきているのかと、我に返ったのだ。しかも貰い物だし。
「その、たまたまポケットに入ってたから…いいよ、返せっ」
 取り返そうとしたらひょいっとその手を高く掲げられる。飛び上がっても届かないところに避難させられて、ナチュラルに身長差を見せつけられるような行動にむかっ腹が立った。なのに。
「嫌です。せっかくあなたから貰ったものなんですから」
 コンラッドは、最近読み取れるようになったいじめっ子の表情で追い打ちをかけてきた。
「何か意味があるのでしょう? わざわざ届けに来てくださるだけの」
 かっとなって叫んだ。
「意味なんてなんもねーよ!」
 悔しいやら恥ずかしいやらで寒いのだって吹っ飛びそうだ。
 貰い物の飴玉一個に、意味なんてあってたまるか馬鹿野郎。


End

+おまけ

 呼ばれてないのにうっかり戻ってきたけれど、当たり前のように執務室に軟禁されて少し損した気持ちになった。いえ。本来自分の業務ですが。
 遅めの夕食を済ませてそのままコンラッドの部屋へ行ったのは、そこはもう。だいたい自分が予定外に帰って来たのは執務のためじゃないというか。
 食後のお茶を楽しみつつ、不在の間も何ひとつ変わっていない部屋の居心地良さを確かめる。
 思い出したようにコンラッドが胸ポケットを探った。指先に挟まれて出てきたのは、結局取り返せなかったあのキャンディだ。
「まだ持ってたのか」
「ユーリから頂戴したものですから。あとでゆっくり頂こうと思いまして」
 まだ思わせぶりに探りを入れてくるコンラッドから視線を外した。
「ただの飴玉だって。それ以上の何があるってんだよ」
 カップの底に少し残っていたのを誤魔化すみたいに飲み干したら、すっかり冷めきっていて渋みばかりが舌に残った。誤魔化しついで、必要以上に眉を寄せる。
 それでもコンラッドは嬉しそうに包みを開ける。
 むしろ自分がこんな風にうろたえるのがまずいのかもしれない。何やら意味深な何かを忍ばせているようではないか。口にしない限りバレっこないことなのだし、これ以上やぶ蛇を招かないためには、平静に振舞うだけ。
 なんて決めていたら、つるっと口に飴玉を押し込まれた。
 え? とか、だってあんた、あんなに嬉しそうに、とか。見上げた先は相変わらず楽しそう。
 そのまま弧を描いた唇が寄って来て、ちゅっ、と。
 まさかそんな面倒くさ…いや、エロくさい味わい方もないだろう。けども抗議するには口がとても忙しかったので。
 甘んじてコンラッドの首に腕を廻した。
 濃厚なミルクの味が広がって、甘くなった口の中をコンラッドの舌が舐めてゆく。
 右の頬から左の頬へ。転がす飴玉を追いかけるようにコンラッドのキスが深くなる。
 互いの間で溶かされて、コンラッドの舌だって甘い。
 こっちだって一緒にすっかり溶かされて。はぁっと息を求めたら、タイミング良く弾かれた飴玉が喉の奥に落ちて行ってしまった。
「…のんじゃった」
 その声が名残惜しげに響いたのは、あくまで早々に飴玉を失くしてしまったからからだ。他にない。なのに。
「じゃあ俺は…」
 と、コンラッドは引き攣るみたいな違和感を残す喉を指先で撫で下ろす。飴玉の通った跡をなぞるみたいに。
 それから、つつぅと胸の真ん中を過ぎて胃の辺りを。更にもっと下まで臍も過ぎて。
「…こっちを頂こうかな」
 耳元に寄せられた唇が囁いた。
「たくさん絞って差し上げます」
 掌が着衣の上から意味ありげに撫でて。
 ――って、下ネタかっ。


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