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媚薬チョコレート

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「意中の相手がいるとするだろ、ったら女の子はこの日にチョコレートをプレゼントするんだよ。好きです、付き合って下さいって意味で」
「へぇ。そらなんとも奥ゆかしいようで大胆な風習ですね――ロマンティックで楽しそうですけどー」
「まぁねー。実際、本命とかよかもっと年中行事っぽくなってるし」
「またそこで食べ物…チョコレートがキーアイテムってのも思わせぶりで」
 午後のお茶の時間、チョコを使ったケーキをつつきながら、ヨザックにそんな説明をしたのは、年が明けて半月くらいしたころだったと思う。コンラッドは所用で外してて。代わりにヨザックが相手してくれてたんだ。
 見た目を裏切って乙女度の高いヨザックは、日本の女子の祭典にいたく興味を示して、お茶の間はその話題で盛り上がった。おれ自身は母親からとか『友』なんだか『義理』なんだか…ひょっとして『憐憫』…?――みたいな微妙なのしか貰ったことがないってボヤキも混ぜつつ。
 なのでこれを持って来た時は、
「『お礼』とか『ついで』みたいで申し訳ないですけど。隊長と分けて下さいね。坊ちゃんのお国の風習を真似て作ったんですよ――あ、俺が、じゃなくてちゃんと職人が作ってますから味の方はばっちりですよ」
って。
 本命用に用意したお裾わけだって、そう言ってヨザックがくれた小箱の中には、小さなチョコが四つ。職人が作った言うだけあって、濃淡の違うチョコで綺麗な装飾が施されて納まっていた。
 でもって。今夜、珍しくおれは寝付けないでいた。一昨日から雨が続いていて、ロードワークをサボっているせいか、鬱陶しい天気につられて、ついつい昼間居眠りをしてしまったせいか――。
 グピピと熟睡中のヴォルフラムを邪魔しちゃ悪いと寝室を出て、ソファで毛布にくるまりそろそろ半時間。膝の上の毒女最新刊にも集中しきれないのに、眠気も訪れてこない。
 小腹が空いてんのが悪いのかな…と思って、昼間ヨザックからもらったチョコを思い出したわけだけど。
 チョコって余計に眠れなくなるんだっけ? コンラッドと分けろって、一緒に食べた方がいいのかな――でも今ここにはこれくらいしか食べるものなんてないし、わざわざメイドさん夜中に呼ぶのもなー。
 蓋を開けたらかすかに香る甘い匂いに、まぁいいか、と一粒口に入れた。思ったより柔らかいチョコがひんやりと舌を刺激して、濃厚な甘さと苦さが溶けだしていく。
 あ。ホントに旨いわ。
 生チョコみたいな柔らかい部分を溶かしていくと中には果物のソースみたいなのが入っていて、花みたいな香りとチョコとは違う甘さが広がった。
 すごいな眞魔国の菓子職人。一個だけ味見、と思っていたけれど、これはどうも一個じゃ納まらない。もう一度あの蜜みたいなのがチョコの中からこぼれる驚きを味わいたくってまた摘む。
 本命用って…女の子があげるもんだって言ったよな、おれ。――まぁ、いいのか…グリエちゃん、乙女だし…。本命って女の人なんかなぁー、男の人なんかなぁー…あははは…。
 でもって誘惑に抗いきれずにまた一つ。どうやら寝付けなかったのは腹が減りすぎていたためらしい。
 掌に載るくらいの小箱の中には三つ分の空白と一つのチョコが残された。――証拠隠滅。許せコンラッド。この秘密は墓場まで持って行こうと決める。
 舌の上の甘い名残を楽しみつつ、もう一度歯磨きしなきゃな、なんて考えもって膝の上の本を閉じた。いよいよ眠気が来たのか思考が散漫になってくる。変に身体もだるくって。やばい、ここで寝ちゃいそうだ。こんなとこでうたた寝なんてしたら風邪をひく――と、思うけど…なんか暑い。あれ、おれ、熱あんのか?
 ほうっと息を吐いたら熱っぽいのが零れる。延髄辺りが覚えのある感覚にちりっとした。
 は? 
 熱っぽいのは熱っぽいでも――身体の具合が悪いとかでない――あー、カラダの具合がマズイ方に熱っぽいぃ…?
 何だかわからないけれど暴走してる自分の身体に面食らった。確かにイロイロ有り余ってるお年頃デスケド――そういえば…そういえば…ここのところヴォルフが血盟城に詰めてるせいもあってご無沙汰ですけど――ってご無沙汰ってなんだっ。
 恥ずかしさに居たたまれなくなってばふんとソファに倒れこんだら、どくんと身体の中心、オトコノコの部分が脈打った。
 うわぁあ。
 背もたれに顔を埋めて火照った頬を意識する。カリッと織地に立てた爪が、彼の軍服の背に立てた記憶を引きずりだす。
 耳元を彼の息が掠めた錯覚まで覚えて背中が震える。
 疼く熱と甘くなる思考。寝付けなかったのは溜まりすぎてたからかもしれない――なんて言い訳が浮かぶ。チョコレートには興奮作用があるんだよな…夜着のウエストの紐を解いてずり下ろす。足の間を握ったら、反射のように安堵みたいな溜息が洩れた。これは絶対コンラッドにされるようになってから身についたものだ。
 自分で自分の欲求を満たすのと違って、感じてることをもっと積極的に相手に伝えなくっちゃ更なるのは与えられなくって――いつの間にかねだるみたいな仕草を覚えてしまっている。そんなどうしようもない恥ずかしさは、だけど今は苛むみたいに熱を煽るだけだった。夢中で擦って甘ったるい呻きを漏らす。
 たぶんマゾとかってのとも違うと思うけど、でも、苛められてるって感じると胸の奥と脳はぞわぞわって痺れる。身体の奥も。いつも大人らしいコンラッドに理性飛ばしてぶつけられて、それにぞわぞわするのか――もしかしたら自分では気づいていない、マゾっぽい部分のせいなのかもしれないけれど。
「ホラ、ユーリ、イッテ」
 わざと羞恥を煽るみたいに囁くコンラッドの声を脳内で再現する。そうすると余計に感じてしまうことを知られているから、彼は時折、そんな風にイヤラシイことを口にする。ホントに…やらしすぎるよコンラッド…ってそんなことを思い返しながら昂ぶってる自分はもっとやらしい――濃度を上げていく熱に思考も手指の感覚も呼吸もぐちゃぐちゃになっていく。もう、イキたい、コンラッド――コンラッドの手が性器を押し揉んで、指が擦る。おれを見下ろすコンラッドの目が食らいつくみたいに剣呑で。僅かに口角があがるのが酷く見えるんだ…――。そんな彼の顔を思い出した瞬間に上りつめて精を吐き出す。
 詰めた息をついて。思い出したように襲ってくる火照りと荒い呼吸と――気まずさと。あぁ、そういえば隣の部屋にはヴォルフが居るんだった…まぁこんなんじゃ起きるはずない、よ、な?
 吐き出した熱に汚れた手を庇いながら嫌悪の混じった吐息をして、後始末するべく身を起こそうとするけれど。
 まだじりじりする身体に顔をしかめた。いつもなら後ろめたさが襲ってくるのと入れ替わりに引いて行くはずの疼きが。
「なんだよ…」
 悪態のつもりで呟いたのに出たのは困惑。
 なんでこんなサカってんだ?――それともナニか、…まさか…これだけじゃ満足できない身体になっちゃってんのかーっ?!
 汚れた手を握り締めたまま、泣きたくなるようなところに思いが至って倒れそうになる。事実、昂ぶっている部分だけでなくって、コンラッドを受け入れるところだって、さっきからもどかしい感覚を覚えているのだ。
 彼を好きになったことも、彼と関係を持ったことも、後悔なんてしてないし、今だって望んでいることだけれども。それとは微妙に違うところで受け止めきれない瑣末なアレコレ。そう、瑣末だ。取るに足りないことだ。んなことより何よりも、コンラッドが好きなんだから。

 ううぅっ、コンラッドぉ。責任取ってくれー。とりあえず手を洗って、身支度を整えて――まだ一向に収まる気配のない恥ずかしい部分は、夜着の上に羽織った上着で隠してみた――夜勤の衛兵さん引き連れてコンラッドの部屋へ。
「ちょっとコンラッドんとこへ――」
 って、恥ずかしくって恥ずかしくって…また自分が本当に切羽詰まった状態だもんだから。そんな事情までまさかバレてないだろうけれど。
 だから何でもないことのように見守るような視線で対応されると居たたまれないを通り越して、もう脳内は真っ白だ。なんだか力が入らない足腰で、必死で取り繕ってコンラッドの部屋までたどり着いて。深夜にも関わらず快く迎え入れられた時には、安堵のあまりに涙がこぼれた。
 突然の訪問に驚いた顔をしていたけれど、火照った頬に涙の滴が転がったに至っては、もう、これは只事じゃないと思ったらしくって。いつもに増して柔らかい微笑みで、肩を抱くみたいに部屋の奥へと招き入れてくれる。
 いろんな感情に一杯になっていたおれは、慣れた居心地のいいそこにほっとして。溢れてくる諸々を留める努力も放棄して。溺れる者のようにコンラッドにしがみついた。
 コンラッドが何かしたわけでも、悪いわけでもないけれど、だけど、ごめんっ。
「なんとかして」
 コンラッドの腿らへんに当たる腰を揺らしたら、おれの顕著な身体の変化で、唐突な深夜の訪問も、いっぱいいっぱいな様子も納得いったらしい。
「あー、はいはい」
 ちょっと面食らったように、だけど確かに嬉しそうに、おれの身体を抱えるようにして温まった寝台へと連れ込んでくれる。
 すっかりその気の身体と裏腹に、そんな自分に泣きが入っているおれを、やんわりと抱きしめて。目のふちに溜まった滴をちゅっと吸い取る。
「どうしちゃったんですか。俺は嬉しいですけど」
 慰めるみたいに髪を梳いて、その手が濡れた頬を拭う。
「わかんない…けど…ごめん、おねがい」
「もちろん。歓迎しますよ」
 コンラッドの匂いと体温に包まれたら、いよいよ我慢は利かなくなってきて、ついつい、腰を擦りつけるような仕草をしてしまう。応えるように合わせてくれて、もっと直裁に忍び込ませた掌を這わされる。
「あっ」
 さっき脳内で思い描いていたコンラッドの手が、現実におれのを包み込む。節立った指とか、剣を握るところが硬化した手のひらとか。いきなりに濡れた声が零れてしまって、恥ずかしい顔を肩に埋める。
 もうぐちゃぐちゃになってるのとか、さっき一回してしまったのとか、きっとバレている。だからもっともっと恥ずかしいことして、忘れさせて。
 指でやわやわと揉まれて、括れをなぞって。先の方を爪で引っ掻かれたら突っ張った感触に、先ほど溢れさせたものが乾いてこびりついていることを知った。
「独りでしたんですか」
 責める風でもない声が甘く柔らかく耳をくすぐる。でもそのあんまりな内容に返事なんてできなくて、ますます強くしがみついたら。
「なんか勿体ないですね。俺がしたかった」
 本当に悔しそうに言う声に、なんてことを言うんだこの男は、と思いつつも背骨がぞわりと震える。
 性器をなぶられながらこめかみに口づけを受けて、逃げたい気持ちとその心地よさにもっとと求める気持ちがせめぎ合う。自分からは行けなくて、もっと強引にしてくれればいいのに――ひどく勝手を考えていると、知ってるみたいに空いてる手で髪をひかれて、晒させた顔中に口づけられた。我慢できなくって閉じた瞼に、頬に、口元に。ずらして、やわりと唇を噛んで。動物じみた仕草にまた身体が震える。
 いきなり侵入してきたコンラッドの舌が唇の内側を舐めて、自然に開いた歯列を潜っておれのに絡まる。ざりっと肉厚のに侵される感覚は口内だけに留まらない。もっと深いところを責められている錯覚を呼びおこして、喉の奥で声がくぐもる。
 なんだかくすぶり続けている体の熱と、濃い口付けと。どろどろに混じり合うことにやぶさかではない相手に抱き込まれている状況に、すっかり淫靡で熱いひと時を過ごすんだと身も心も溶けさせて。溢れる二人分の唾液を啜ったら、息継ぎのタイミングでわずかに離れた唇が、案外冷静な声を発した。
「何を食べました?」
「え?」
 ぼんやりと感覚だけを追っていた脳がコンラッドの言葉を反芻する。何を食べたかって…――あ。墓場まで持ってくはずだった秘密のチョコレート。
 うっかり無防備にあんなキスをして、あっさりバレてしまった。
「ごめん…実はヨザックからあんたと二人で食べろってチョコ貰ってたんだけど…腹減ってて――ごめんよ」
 だけどあんたってそんな甘いもの好きだったっけ? 今この状況で追及することか? 悪いと思いつつも、煽られたまま突き放されるのに焦れて自らコンラッドの唇に吸いつく。再び入ってきた舌がぺろりと口内を舐めて。
「変だと思いませんか? 急に身体が熱くなってきたんでしょう」
 すぐに口づけを切り上げられて、腹立たしさが沸き起こる。
「だからごめんって。なんだったら言ってまた貰ってやるから――本命用って言ってたけど、まだ残ってるかも知れないし――だから、さ」
 もどかしい刺激しか与えてくれないのを手に擦りつけてせがんだら、仕方がありませんね、と手に力が込められる。少し痛いくらいのに仰け反って、歯がゆく感じる唇を噛んだ。キスも欲しい。
「本命用ってその媚薬入りのチョコですか?」
 もういい加減、チョコの話はいいだろうっ、チョコよりキスだと癇癪をおこしそうになって、物騒な単語に止まった。
「びやくって…媚薬? 媚薬入りチョコぉ?!」
「そのヨザックからのチョコを食べてから、こうなったんでしょう?」
 こう、とはしたないことになっているのをきゅっと握られて、息を詰める。
「で、でも、なんでそんなのヨザックが」
「知りませんよ。本命用ってことはあいつが誰かに一服盛ろうとしたのを、あなたにも分け与えた、ってことでしょうかね。だから俺と分けろって言ったんじゃないですか?」
「コンラッドと分けて…」
「二人で盛り上がれっていう趣味の悪い心遣いなんでしょう」
 身の置き所がなくなるコワイ予想をあっさり口にされて気が遠くなる。
 魂が半分抜けかけていた唇を、コンラッドの指がすいっとなぞる。
「でも問題は、二人で分けるはずだったのを、あなたが一人で食べてしまったことだ」
「だから悪かったって――ってか、あんたそんな、び、媚薬入りのチョコとか食べたかったのかっ?」
 と叫んで気がついた。
「おれ一人で二人分摂取してしまったってコト…?」

 あんまりな話に放心していたけれど、身体はそんなこと慮ってくれずにずきずきするし、そんなのを聞いてしまうとますます堪らなくなるしで。救いといえばコンラッドが、食い意地はって独り占めしたことも、猥らがましく欲しがってしまうことも責めずにやさしくしてくれたことだけど。
 彼を受け入れられるように準備してくれてる間だって、もう堪え切れずに腰を振って、コンラッドの指がそこに当たるように擦りつけて快感を追って――ひとりで逐情して。身勝手な振る舞いに、達した後、赤くなったり青くなったりしてたら、半べそかいてるおれをキスで宥めて、でも、
「こんなの見せつけられたら、俺も酷いことしてしまうかもしれません」
って余裕を無くした声で囁かれた。
 予告通り一息に押し入られて、馴染むのも待たずにめちゃくちゃに腰を使われた。それでも痛いより官能に震え上がって、中を擦り上げられるたびに声が零れた。
 荒々しく掻き乱されるうちにどんどん思考は即物的に塗りつぶされていって、もっと、もっと気持ち良くなることしか考えられなくなっていく。
 震える自らの性器にそろっと指を絡めたら、窘めるようにコンラッドの手が上からかぶさった。そして穿たれ、揺すぶられるリズムで、握りこまれたおれの手指越しに揉みくちゃにされて。
 状況の卑猥さと受け止めきれない位の刺激に、瞼の裏が赤く染まる。息ができない。総毛だった皮膚がちりちりする。ぎゅっと収縮して濃くなった感覚の果てにくるものを予感して、奥歯がカチカチ鳴った。あ――もうすぐ――。
「イクイクイクぅ…あぁ、コンラッドもっ…コンラッドもイッて…イッてよぉ…」
 すすり泣きながら汗にぬめる背中にすがりついて、どこか遠いところでするそんな卑猥な声を聞いていた。――まさか自分が上げたものだなんて思わずに。
 押しこまれるのに合わせるように白濁を零して、びくびく痙攣するところを更に暴き立てるように侵されて。いっぱいまで膨れ上がったのが腹の中で爆ぜる。
 耳元にこぼされた低いうめき声にまで感じてしまって。
「あんあんあ…あ…あ…」
 上擦ったよがり声は、ここに居るのはおれとコンラッドだけなんだから、きっとこれもおれが上げてるんだろう――。
 そろりと体内を這う感覚に意識が戻る。無理な形に開かれていた股関節が痛んで、呻きがひりつく喉に絡むけれど、そんなことより。コンラッドが出て行った跡が切なくて。
「いやだ」
 縋って引きとめて、まだ、と足を絡ませる。荒れ狂う熱を吐き出したってまだ足りない。もっともっと深い所まで欲しい。餓えるほどに追い詰められて、泣いて強請って。
 うつ伏せにされた腰に穿たれて、詰めてた息を濡れた声と共に吐きながら、ほんの僅かに残っていた正気が涙を零した。
「愛してる」
 荒い息の合間に聞いたコンラッドのそんな声に、痴態と惑乱に擦りきれた自尊心をそっと慰められる。
 どんな卑猥なことを口走ったって、どんな姿を晒したって、受け入れてあまつさえ一緒に熱くなってくれる――コンラッド…あんたが居るなら何も怖くない…あんたにならどうされたっていい。
「壊して――おれを…コンラッ…」
 媚薬のせいで乱れているのか、彼を思うあまりに暴走しているのか、そんなこと、もうとっくに判らなくなっていて、確かなのは応えてくれるコンラッドのその存在だけで――。

 やけに明るいのに焦って目を開ける。直感で寝坊したとわかった。なんとなくざわついた気配にすでに城中が目覚めて活動している時間だと知る。
 うわぁ何時なんだろう…そろりと見回した部屋は自分の寝室じゃなくってコンラッドのだ。だけど起こしてくれるべき人は居ない。
 朝、自分を起こすのはコンラッドの仕事なので(たぶん)、これは自分のミスじゃない。彼の怠慢だ。寝坊の言い訳をあれこれしながら妙にひりつく目を瞬いた。
 部屋が明る過ぎるだけじゃない刺激に、瞼が腫れぼったくなっているのを知る。そう言えば喉も痛いし身体もだるい。風邪でもひいたかな。だからおれ、こんな時間まで寝させて貰えてんのかな。
 額に手をやって熱を確かめようとしたら、ひどく腕が重い。背中からギシギシ軋んで。その下のずっと奥の方が引き攣るみたいに痛みを覚えて――身体全体が重くてだるい原因を思い出してしまった――。
「あぁ…もう、ホント厭だ…無理、あり得ない、消えてしまいたい――」
 ――消してしまいたい記憶のあれこれに悶え――たくても身体はついてこない。まるで自分のじゃないみたいにどうにもこうにも力が入らなくて――その上痛い。骨が軋んだり、ひどい筋肉痛だったり、もっと露骨に擦過傷、だ。もうホントあり得ないぃ…ぐあああっ!
 気持ちだけのたうち回ってると、軽いノックの音でコンラッドが入ってきた。
 お願いだ、夢だと言ってくれ。俺がひとりでエロエロな夢を見たんだということにしてくれーっ。
「目が覚めたんですね。大丈夫ですよ、今日はお休みを貰いましたからゆっくり寝ていて」
 なのにそんなことを言って妙ににこにこ機嫌よく、身体の調子は大丈夫ですか、なんて聞いてくるから。
 あぁ…おれ…もっかい気ぃ失っていいですか…。
 頭が痛い…と思ったら、本当にズキズキ頭痛がしていた。
「昼ごはん、持って来ましょうか――ここに運びますよ」
 朝ごはんじゃなくて、もう昼ごはんな時間らしい。
「まだいい…それより水貰えるかな」
 一向に空腹は感じないけれど。むしろイロイロいっぱいな感じが…ってイロイロって…あぁ、もうイヤダぁ。
 自爆してたら水差しのを酌んで、起きられますか、と腕を差し伸べてきた。背中に腕を入れて起こされても、食いしばった歯の間からそれでも呻きが漏れる。うぅ。眩暈までするよ…。
 コップを口元に宛がわれて、水の匂いにひどく乾いていることに気づく。そういえば唇もパリパリで痛い。ゆっくり含まされて、滲みていく。頭が痛いのもきっと脱水症状だ。
 汗だとか涙だとか……とか…いっぱい水分出したから。
 更に二杯飲ませて貰って、一息ついたら今度は気持ち悪くなってきて、またベッドに戻される。くらくらするのを目を瞑って耐えていたら、あまりの情けなさにしょっぱい息苦しさがせり上がってきた。
 最悪だ――最悪だ――あんなのを見られるなんて。いくらコンラッドが、平気だ気にしないって言ってくれたって…おれは…おれは…。
「ごめん、その…忘れて、くれないかな」
 引き攣る喉奥を無理に開いて、やっとそれだけ告げたら。
「はい」
 やさしい声でただ了承してくれて。蔑みも咎めもしないコンラッドに、今度は罪悪感に胸が焼ける。
「それとヨザックにも…言わないで」
「厳重抗議しないでいいですか」
 厳重抗議が報復行為って聞こえる声音でコンラッドが聞いてくる。
「うぅ…ん。いいよ。食べなかったことにしておいて」
 なんてモノくれたんだって、本当は裏切られた気持ち満載だけど、――だけどあれってヨザックには悪気はないんだよな…あ? 尤も、ちゃんとコンラッドと分けていれば、あんなめちゃくちゃなことにもならなくって程よい感じで…――ってわぁぁぁ、やっぱ結構だけどっ!
 ……それより何より、もう、本当になかったことに…。
 またじんわり滲んできた涙を瞬きして散らして、でも垂れてきた鼻水は如何ともしがたくってぐすんと啜り上げたら、そうっと柔らかい手が頭を撫でて宥めてくれる。
 昨夜あれだけやらしいことをこの身に施して、共に堕ちてくれた手だけども、こうやって安寧をくれる手、だ――。
「だけど…――す、好きだから」
 涙でひずんだ声は随分みっともなかったけれど、コンラッドは嬉しそうに微笑んで頷いてくれた。
 やさしく見守ってくれて、暖かく愛してくれて、激しく熱を分けてくれる大好きな人。今はまだ真新しい羞恥にじくじく気持は痛むけど――いつかあんたと同じだけの大きさで愛せるようになったらいいなと思って。
 甘く苦く傷ついた心をそうっと慰撫される心地よさに、もう一度目を閉じた。


End


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