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百年目の媚薬チョコレート
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きっかけはいつもの全くどうでもいいようなやり取りだった。喧嘩というよりじゃれ合いだ。護衛が、手当たり次第に臣下を誘惑して回らないようにと苦言を呈して、それを魔王陛下が言い掛かりだと反論して。
ただ、少々悋気が混じった諫言に、互い引き際を読み誤った。
「おれがこんなんになったのはあんたのせいだ。純朴な野球小僧捕まえて仕込みまくっただろっ」
コンラートの眉がぴくっと震えた。
「…なんだよ」
「確かに成人もしていなかったあなたにいろいろお教えしたのは俺ですけれど――むしろ開花させただけというか…これはあなたが元から持ってらした素質ですよ」
今度はユーリの眉が震える。
「ほら、付き合い始めて間もない頃、あったでしょう、ヨザックが寄越した媚薬入りのチョコをあなたが全部食べてしまって」
コンラートは随分古い話を持ち出してきた。古くて埃にカビまで生えてそうな話題だけれど、トラウマになりそうな強烈な記憶は残念ながら残っている。
「あの時はあなたが大層ショックを受けていらして…さすがに追い打ち掛けるようで言えなかったんですけれど」
思わせぶりにコンラートは言葉を切って、ふう、と溜息をついた。
「あの『媚薬』、何だったかわかります?」
そう言って、とある花の名前を口にした。
アルコールに漬けたものは冷え症に効くとされている、結構ポピュラーなものだ。
「は?」
秀麗な顔が呆けている。百年物の秘密は予想通りの衝撃をもたらして、コンラートは満足して言葉を続けた。
「媚薬といっても…確かに血の巡りは良くなるでしょうけれど。あれがあんなに効くなんて。それまで知りませんでしたよ」
「――ふーん…」
ぷるぷる震えていた魔王様の気配が変わった。
ぴきっと音がしそうなくらいの緊迫が立ち上って、コクっと知らずコンラートは息を飲んだ。
漆黒の瞳に凶暴な光が満ちる。殺気に似たものがコンラートの首筋をちりちりさせる。
大層美しいのだけれど――なんだかとても怖い。
ユーリはふいと身を翻し、壁際に置かれた紫檀のチェストに歩み寄って抽斗をごそごそやり始めた。目的のものを見つけたらしい振り返ったユーリの手の中には小さな薬瓶。それが二本。
ひとつを小卓の上に置いて、もうひとつの蓋を開けた。
「飲め」
ぐいっと突きつけてくる瓶の口からふわりと匂いが立ち上る。洒落にならない正真正銘の媚薬だ。それも随分と高濃度の。甘ったるい臭いにそれだけでくらりとする。なんでそんなものをお持ちですか、とか。恐らく入手先はコンラートを除け者にして何かと仲の良いお庭番だ。
そしてユーリは2本、用意した。
昔話の流れからいっても二人で一本ずつ、というわけじゃあないんだろう…恨みがましく小卓の上をちらりと見て、ユーリに視線を戻す。
すっかり据わった目で、美貌の主が震えが来るような微笑みを浮かべた。
「ウェラー卿、魔王として命じる。飲め」
逆らえないのは魔王にかユーリにか。
どうしてこんな展開に…魔王の視線に促されてコンラートはしぶしぶ煽る。
薬本来の苦みを誤魔化すための甘味が嫌な感じに舌に残る。
「…規定量は守らないと」
せめてもと提案してみるが。
「心臓に来たらおれが魔力で何とかしてやるから」
やさしげに怖いことを囁いて。
もう一本の蓋を取って、だがそれを、予想に反してユーリは自ら煽った。
目の前に晒される首筋にふるいつきたくなる衝動は――いくら何でもそんなにすぐに効くわけじゃない…この人とだったらこんなものの助けを借りなくったって…。
一歩寄ったユーリがコンラートの腰に腕を回す。そうやって襟足を引っ掴んだ。遠慮のない痛みに仰け反ったところにユーリが被さる。
明確な意思で唇を割られて、そこに甘く苦い液が流し込まれる。
「全部搾りとってやっからな」
甘ったるい吐息の触れ合う位置で囁かれた言葉に背骨を震わされて。けれど。絶対ユーリがこう育ってしまったのは、自分のせいだけじゃないと。コンラートは心の中で強く思った。
End
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