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ピュアチョコレート
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ユーリにしたら女性が男性に贈るものという印象が強いので、少々葛藤を覚える。だがこの世界で自分とコンラート(とあと親友の賢者)しか知らない甘い行事には、こっそり乗っかりたい気持ちもある。
二人の間だけの特別な秘密というのは、雪解けを待って始まる公共事業の承認がどっと押し寄せるこの時期に、ささやかな潤いと成り得た。
――あー、義理チョコっていう悪習もそういうことなのか。と毎年貰って帰ってきていた父親の姿を思い出した。
あろうことか社交辞令のそれと同列に考えながらも、それでも毎度用意してしまう。
忙殺されて時折忘れてしまう年もあるけれど。そんな時は、それはそれで甘ったるい意地悪をされるのだから、結局なんだかんだと二人の年中行事は続いていた。
ユーリは昼間のうちに届けられたチョコレートの包みを取り出した。今年は忘れずにちゃんと評判の店へ注文してあったのだ。
高価なチョコレートをちょっとした贈り物にすることはこちらにもあったので、特に詮索を受けることなく用意できる。
アイボリーの小箱にはご丁寧にリボンまで掛けられている。華やかな形に結ばれた焦げ茶色のそれを、ちょっと気恥ずかしく眺めて、それから、去年のことを思い出した。
去年は赤い紐状のが幾重にも掛っていて――コンラートの悪ふざけを思い出して苦いものが蘇る。
ユーリはそそくさとリボンをほどき取った。
身に危険が及ぶ可能性はあらかじめ排除して、ごくあっさりとなった箱だけを手にコンラートの部屋に向かった。
ここのところずっとユーリの贈り物がチョコレートなように、コンラートはいつも甘いワインを用意していた。始めはその取り合わせに疑心暗鬼だったのだが、実際試してみたら癖になる組み合わせで、以来この日の暗黙のお楽しみになっていた。
なので今年のユーリのセレクトはオレンジの風味を付けたシンプルなチョコレートだった。アイスワインに合わせる、そういって誂えさせたものだ。
金色を帯びる液体が、磨かれたグラスに注がれる。それを眺めながら摘まんだ粒を口に放り込み、舌の上で濃く苦い甘さを蕩かせる。ころ合いを見てグラスを寄せたらチョコレートのオレンジのフレーバーとはまた違う、涼やかな香りが鼻先をくすぐった。
とろりと甘くて微かに酸っぱい液体が、舌にまとわりつくチョコレートと混ざり合ってまた香る。
期待通りの満足ににんまりする。
コンラートもまた次のチョコへと手を伸ばしていた。
マリアージュなんて単語が掠めたけれど、口には出さない。
王様になって知ったもののひとつにチョコレートの味というのがある。
始めはあちらの世界とこちらの世界の物の相違なのだと思っていたのだが、たまたま地球で有名店のチョコレートなるものを口にすることがあって判明した。世界の違いではなく品質の差だったのだと。
王侯貴族の生活のせいですっかり舌が肥えた自覚はあるが、もし、地球に帰ることになって庶民に戻ったとしても――きっと我慢が出来なくなって時々奮発してしまうのだろうと思うのがこれだった。
濃厚な味を口の中で溶かしてはワインで洗い流す。
「クライスト産?」
「グランツです」
「へぇ――あんまり聞かないよなぁ…よく見つけてきたなぁ」
素直に感心してみせたら、ちょっと得意そうに男の口元が上がった。そんな素直な反応を示すのを可愛いと思う。あと、自分ほど甘いものに執着を見せないのに、さっきからチョコを摘まむ手が止まないのと。まぁ自分の贈り物を気に入って貰えて嬉しくない筈がない。
満ち足りて恋人に凭れかかる。また一口蜜のようなワインを含む。暖められた部屋できりりっと冷えたワインを楽しむ贅沢。先程まで細かな文字を追っていた瞼の奥が疼いた。
「こんなところでお休みにならないで」
窘められて「ならないよ」と返したつもりが舌がよく回らなくって。
うっかりうたた寝していたらしい。
まだまだ眠るつもりなんてないのに、頭はぼうっとする。まだチョコを摘まんでいるコンラートの指が視界に入った。
その手を引き寄せたのは、何か口に入れたら目が覚めるのではないかという、至って健全な目的だったのだが。
それはどうにも妖しい状況を生みだした。コンラートが口元まで持ってきてもチョコを離さなかったからだ。だったら指ごとほおばることに既に躊躇は生まれない間柄だった。
溶けたチョコと唾液に汚れた指先を舐めしゃぶってたら、その舌を摘ままれた。すっかり目だって覚めた。
見交わすコンラートの目が酷薄そうに眇められるのは、猛る内を押さえているからだって知っている。
しようよ。だって今日は。
寝室にまで持ち込むほど気に入ってくれたのか――。
喜ばしいのかちゃんと味わえと怒るべきなのか…微妙な思いでチョコにまみれた舌を擦り合わせる。甘さに痺れてざらざらした感触がリアルで。肌がそそけ立つ。
唾液だっていつもよりいっぱい出て、すぐに溢れて零れ落ちて行く。ベタベタになると悪態をつくよりも愉しがることにする。
耳下を掠めて髪のほうまで伝っていく感触がもどかしくってたまらない。よじらせていたら肌をさするコンラートの手に粘りを感じた。目を落とせば上の方から胸を辿って刷毛で描かれたような焦げ茶色の線がのたうっていた。
「食べ物を粗末にするなよ」
だけどそれは言うまでもなく。やけに楽しそうなコンラートが首筋にむしゃぶりついてきた。
舐め取られる感触はやっぱりくすぐったい。チョコがけの自分を食べられているような倒錯的な気分にもなるけれど、いっそ齧りつかれたい心地もする。
ユーリは枕元にあった箱からチョコレートを手に取った。融点の低い冬向けの品は握りしめた掌の熱ですぐに溶け崩れて行く。
胸の突起を執拗に清めてくるのに身をくねらせて、伸ばした手でコンラートの性器を撫で下ろした。乳首を噛んで咎められる。
「――ちょっとは大人しくして」
それは無理だ。自分の手で相手を喘がせたくなるのは、これはもう男のサガだ。
逃げるそれを追って手の中に納める。擦りつけたら帯びた熱で更に溶けて弛んだ。まんべんなく塗りたくって。
「食べていい?」
色っぽい目つきで唇を辿られた。
「齧らないで下さいよ。ここで舐めるだけです」
ほら、あんただって期待してたくせに。指の跡を舐めたらチョコの味がした。
コンラートの下から這い出て、下肢にうずくまろうとしたら腕を引かれる。
「反対向きになって。俺にも食べさせて下さい」
噛んだら噛まれるとか…人質を取られるような気も少し、しつつ。
逆さになって横たわると、下側の腿を引き寄せ頭を乗せられたから、自分も倣った。目の前にきたチョコがけのコンラートにキスをする。
コンラートの手で固形物が押し当てられて、じきにぬめってくる。潤滑剤とは違う粘りがむず痒い。気を逸らすように彼に挑んだ。
甘い匂いしかしなくって、味は――先を舐めたら薄い塩味が混じって。だけどやっぱりチョコのそれ。柔く当てた歯でこそげるようにしていて、そういえばここでと言われていたと、唇で挟み込んだ。
ちゅぷちゅぷと出し入れしてたら、やっと塗り付け終えたらしくって自分も濡れた熱に包みこまれる。
這わされる舌にぞくぞくする。気持ちいいので同じ愛撫を返してやった。括れをぐるりと舐めまわされて、先を舌先でこじる。吸って、根元までキスを繰り返して。
まだチョコが残るそれに頬擦りしながら、奥の柔らかな果実に吸いついた。ざらりと舐めてつるりと含む。熱くぬめった粘膜に包まれてころころ弄られる心地はペニスへの刺激よりずっと直截で、一気に射精感が高まった。喘ぐ際に口を離してしまったのは、このままだと本当に噛みつきかねなかったからだ。
同じようにしていたって先に切羽詰まるのは自分の方だ。なんてったって若さが違う。そんな風に負け惜しみじみた言い訳をしていたら、コンラートの指がそのまま滑って蕾を突いた。
濡らしてもないのを押し込む感覚がして、だけど指とは少し違う気もする。すぐに引き攣れる違和感は薄れて、だけど確かに何かが入り込んでいる。
「ちょ…それは洒落なんないっ」
何かに思い至ってかっと血が昇った。だけど逃げ出そうとする腿をがっちり押さえこまれて。あろうことかすうっと会陰を辿った舌がそのまま蕾にまで這わされる。
「どうして?」
笑いを含んだ声に気が遠くなりそうになった。
「この変態っ」
羞恥が酷くて身体が震える。
掌に包むだけですぐ溶けだすようなあのチョコが、もっと熱い炉の中に突っ込まれたら。想像を裏付けるかのように舌がくすぐる。
嗚咽に似た声が漏れたのは、悪趣味がすぎる仕打ちにか、それとも同時に続けられていた性器への刺激にか。巧みに根元も堰き止められて、渦巻く劣情と恥辱にどうにかなりそうだった。
がくがくする身体に向き直ったコンラートが被さってきても、真っ赤に染まった脳内はもうまともな思考など不可能で。
押し入ってこられても、それがどうして抵抗を感じないのかだとか、もう良くわかっていなかった。
ただただ苦しくって、痺れて、溶けそうで。それでいて酷く気持ちがいい。
神経を弄られるみたいな生々しい刺激に、のたうってよがった。
ぬちぬちと粘る接合部のリズムに全部が支配される。
舌の奥に残るひりつくみたいな濃さとむせ返るほどの甘い匂い。渇いて、更に欲しくなるのは一体何なのか。朦朧としたままに次を求める飢餓感ばかりが募って逸っていく。
熱い身体が押し付けられてそこからトロトロ溶けていきそうで。
先走る身体を抑え込まれ、もどかしくって苦しくって。もがいて仰け反って。コンラートが呻く声を聞き、身体の奥に熱くほとばしるのを感じて。
それで、やっと意識が少し戻る。
あぁいったんだ、と理解したら、安堵した身体が急に重くなった。視界も濃いチョコレートの色に塗りこめられていく。頭の中までも、浸されていく。
ちゃんと後始末、しろよ。そんなのはむろん声にならなかった。
コンラートに起こされたのはすっかり朝で、自分はちゃんと夜着をつけていてシーツも新しくされていた。昨夜の乱痴気騒ぎなどまるで夢の出来事であったかのように片付けられていた。
一分の隙もなく身なりを整えた護衛はとっても凛々しく、朝のまばゆい日差しの中で微笑んでいる。だが逆にさっぱりし過ぎていて、やっぱりアレは淫夢などではなかっただと確信できる。
何処もべたついたりしていない、さらさらした身体にあのあと風呂に入れてもらったのかと、意識を途絶えさせた自分を恥ずかしく思うが…だけど溶けたチョコレートと注ぎ込まれた精液を掻き出されたんだとすると。
やっぱりそこは気を失っていて良かった。自分の繊細な神経はそんなのに耐えられそうにない。
白々しいくらいに爽やかなコンラートを睨んだら、昨夜の猥褻な顔をちらりと見せて笑われた。
「どうぞお召し替えを」
せっつかれて記憶だけが残る寝台から這い出た。
確かに蒸し返している時間も余裕もない。今日も夜まで予定が詰まっていた。
ただ、染みついてしまったのか、それともわざと残されたのか。一日ふとした拍子に自分の身体から甘い匂いが香るのだけは――どうにもこうにも居たたまれなくって、ほんとに、もう。
End
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