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同床異夢
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足の間に陣取ったユーリが、先程から熱心にコンラートのを舐めしゃぶっていた。
含みきれない部分は支える指先で擽って、空いた左手はコンラートのわき腹に残る古傷を辿っている。
ケロイド状になったそこは、とうに痛みも感じないが、かといって快感を覚えるわけでもない。ただユーリにとっては、コンラートの重要なアイコンのひとつであるらしかった。
深く咥え込んだのを、舌をぺったりと張り付かせた状態でゆっくり引き抜く。
ゆらゆらと腰が揺れるのが、誘われるようで。早くそこを暴いて溶けるように熱く締め付けられたいような、このままいつまでも甘ったるい快感を引きのばしていたいような。
何度か繰り返して顎が疲れるのか、今度は浅く咥えて括れを唇で締め付ける。
つるりと吐き出してユーリが顔を上げた。残したわずかな明かりの中でも、黒い瞳が光を弾いて、ユーリの目が潤んでいるのがわかった。唾液で塗れた唇が、言葉を紡いでぬらりと光る。少し掠れた声が薄闇にこぼれる。
「明日の朝はスクランブルエッグが食べたいな」
え?
場違いな台詞を理解する前に、再びユーリはぱくりとコンラートの屹立を咥内に収めた。
再び暖かく濡れた柔肉に包まれる。ユーリは顔を傾けてコンラートの先を内頬に擦りつける。
目を閉じたその表情は無心で、からかう風も、ましてや何かに怒っているようでもない。
すっかり耽溺しているような様子――だが。
考えたくもない思いつきに背中が薄ら寒くなった。ひょっとしてこれって演技なのか? この状況で、この人は明日の朝食のことを考えてるのか。
甘ったるく溶けてしまいそうになっているのは自分ばかりなのならば。
目の前が暗くなりそうな思いつきを笑うように、ユーリが切なそうに眉を寄せた。だけど。これだって。フリかもしれない。
柔らかく歯を立て、こそげるみたいにして追い立てられる。
いつもなら促されるままにユーリの口の中に吐きだしているところだ。なのに嫌な想像がぺったりと背中に張り付いて、解放していいものかどうか躊躇いが生まれた。
そもそもユーリがしたがるからと、甘えているこの行為だって。義務感でやってくれているのだとした、ら?
そんな風に考え始めればどんどん嫌な方へと思考は転がる。
なかなかいこうとしないコンラートにくたびれたのか、ユーリが口を離して溜息を吐いた。
ひやり、とする。
義務でやってくれているのだとしたら、ここはさっさと終わってしまった方がいいのだろう。なのに、そうは思えど、すでにコンラートの気持ちはすっかりそれどころではなくなっていて。それは直結する身体の方にも影響を及ぼし始めていた。
きゅっ、とユーリの眉が顰められて、挑むように再び口を開ける。いささか乱暴に施される愛撫の手荒さに、焦りが生まれるが、もちろん逆効果。
誘い合うみたいな口づけを繰り返して、もつれながら寝室へのドアを潜った。
息を上げながら互いの衣服を緩めていく。喉元に食いつかれて、ユーリは期待にぞろりと身じろぎする。唾液に濡れたそこに、声なく笑うコンラートの吐息を感じる。反応のよすぎる身体に少し恨めしくなる。
有り難がるならまだしも、笑うたぁ何事だ、と膝を立ててコンラートの股間を刺激した。特に変化は見られなくて面白くない。ちなみにユーリはもっとわかりやすいことになっている。
自分ばかり、我慢の効かないような状況は悔しくて。残った衣服の下に手を潜らせると、コンラートのを握り込んだ。
直裁な行為にぴくんとふるえる。やわやわと握りしめたらその分だけ押し返すように充実する。そうそう、素直にならなきゃな。すっかり楽しくなって、もっと育てたいと下肢の方へと身体をずらす。
若い頃には浮き名を流したらしいコンラートに比べたら、どうも自分は分が悪いと思う。その上、百歳近い年の差はどうやったっても埋め難く。
このコンラートの余裕が癪なのだ。自分ばかりが切迫していて不公平だと思う。
その、なんだ。声を大にして言いたいのは、おれは早漏じゃねえ。
実際喧伝するわけにもいかなくて。その必要もないのだけど。かと言ってしっかり主張したい相手にもわざわざ口に出すのもなぁ。ならばどうだと、少々猛々しい気持ちでコンラートのを愛撫する。
小憎らしい余裕なんて全部剥ぎ取ってやろうと。なのに熱心になればなるほど、ユーリの中で熱くてどろどろした物が膨れ上がってくるのだ。
いい子だと、褒めるように髪を梳く、その指にさえ感じて、滑って耳たぶを掠められると背が跳ねる。下っ腹はとうにじりじりとして、自分で擦り立てたくなるのを意地だけで堪えていた。
そんなことじゃ駄目だと、ユーリはいよいよ目の前のコンラートに意識を集中させる。
これまでコンラートに教えられてきたように。更に、ユーリが見つけだしてきたコンラートの弱いところを。
愛おしげに頬を擦り寄せて、尖らせた舌で根元から先まで辿って。
はやく、ほしい。これを埋められて存分にかき回されたら、どんなに気持ちいいだろう――。肌を重ねて、全身を擦り合わせて。コンラートの存在を全部で感じながら揺らされることを考えたなら、どうにもたまらない気持ちになってくる。
ユーリは自分の腰がふらふらと揺れていることに気が付いた。
誤魔化すように唇を締める。いつからかこんなはしたない身体になってしまったのか。まったく嘆かわしい。
上目で伺うと、ちくしょう。緩くほほえむ形の口元が腹立たしい。まるで焦りの色がみられない。もう、ユーリはそのことしか考えられないというのに。
少し冷静になれよと、自らを戒めて。気を逸らすのにはどうすれば良かったんだっけ。円周率の暗唱? 駄目だ、3.14までしか覚えちゃいない。羊の数を数えるのは…また別だ。
ぐちゃぐちゃと思考は混ぜられて――ああ、ぐちゃぐちゃにされたいのに――そうじゃなくって――ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ――。
うずき焦燥する身体と茹だった頭は血迷うばかりで、こんがらかったまま愛撫していたものに齧り付きそうになって慌てて顔を上げた。
楽しげなコンラートの視線とぶつかる。
とても自分は物欲しそうな顔をしている――誤魔化すように口を開いた。
「明日の朝はスクランブルエッグが食べたいな」
――…他に言うことはなかったのか、自分。明日の朝、卵をぐちゃぐちゃと半凝固させた皿を前にしたって、美味しくいただける気がしない。
そもそもこの状況で、明日の朝食の話もないもんだ。確かにわずかにでも気は逸れたが。
いや、それよりコイツだ、と、再度ユーリはコンラートのに取り組む。
いい加減腹立たしくなってくる。さっさとイけよ。なんなの、単なる加齢のせいじゃないのか! なんて悪態を心中でついてたら。
聞こえたように咥内の嵩が少し減った。
二人の年齢差が八十歳ばかりあるのをたてに日頃何かとおっさん呼ばわりするが、体力も筋力も明らかにコンラートの方が上である。実際にコンラートから衰えなんて感じることがないから気安くそんな悪態をつけるというものなのだ。
慌ててユーリは、コンラートの感じやすい部分をくすぐってみた。
つ、疲れてるのかな、いや、お、おれがヘタなのかも! ユーリは一生懸命奉仕した。
にもかかわらずユーリが焦れば焦るほど、コンラートの分身はうなだれていく。
ごめんよぉっ、おれがおっさんおっさん言ってるからだよなぁ〜…申し訳なさと後悔で半泣きだ。
わぁぁっコンラッド、気を確かに持て!――いや、けど!けど!! あんたが起たなくなったって、おれがあんたを愛してることには変わりないから、コンラッド〜っ。
End
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