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初詣

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 前を行く人に釣られるように足を向けた石段を上れば、そこはこれまでに行ったことのある神社とは随分趣が違っていた。世界遺産にも登録されている有名な寺院を見学したその後で、人の流れに付いて来ただけなので少々面食らう。圧倒的に若い女性が多く、そしてそれだけではない華やいだ雰囲気に包まれていた。
「なんか…凄いな」
 隣のユーリが呟く。
「ここは何の神様なんですか?」
「縁結びだってさ」
 ならば妙齢の女性達の醸す熱気にも納得だ。
 日本語の説明を訳してくれるユーリによると、目をつぶって辿りつくと恋が叶う石、だとかがあるが、この賑わいではそれも至難の技に思えた。
 鳴らすと良縁に恵まれるという鐘を横目に進むと、突き当たりに無数の小板が吊り下げられている。
 これは他所でも見て知っている。願い事を書いて奉納する絵馬というものだ。試験の合格を祈ったり、病気の平復を願ったりする。
「書いてみます?」
 背中にそう声を掛けたら、ユーリは驚いたように振り返った。
「あなたが熱心に見ているから」
「いや、熱心にっていうか…」
 なぜかうろうろと視線を彷徨わせる。何か困らせるようなことを言っただろうかと思っていると、その間に様々逡巡したらしいユーリが、意を決したように頷いた。
「よし、書こう」
 てっきり、贔屓のチームのリーグ制覇と日本シリーズ優勝と書くのだと思っていたら、ユーリは備え付けのペンと購入した絵馬をコンラートに突き付けた。
「先に書けよ」
「俺はいいですよ。ユーリは願い事があるんでしょう?」
 するとユーリはぐっと眉を寄せて声を荒げた。
「ほら、二人で書くんだろう?!」
 吊ってある一枚を指差すが、なるほど朱印を挟んで右と左に書かれた文字は違う筆跡の物だ。
 あ、と合点の行ったようにユーリの表情が変わる。
「読めないんだっけ…」
「残念ながら」
 それは悪かったというユーリはしかし、徐々に再び怒ったようなものになり、それもやがてぷしゅっと諦めたようにしかめっ面を解いた。
 ユーリは黙って絵馬を引き寄せると背中を向けて願いを書き込んで、書き込んだ左半分を手の平で隠したまま、コンラートにも書くように促した。
 耳まで赤くしているユーリの様子に、恋愛成就を願う場所で書く絵馬はチームの優勝祈願ではないのかもしれないと思い至る。
 それでコンラートはしばらく考えて、『愛するユーリの願いが叶いますように』と書いた。
 コンラートの願い事を見たユーリはなんとも言えない顔をした。
 きっとまた過保護な名付け親は、という風な言葉が返って来るものだと思ったが、ユーリは黙って、それまで隠していた手をどけた。
 そこには高等魔族語でコンラートとの関係に永遠を誓う旨が書き記されていた。
 コンラートは胸を撃ち抜かれたような痛みを覚えた。
 ユーリと恋仲になって、互いの愛情を疑うことなど無かったけれど、それでもなんとなく、いつかユーリもそれ相応の女性と恋をして結婚するのだろうと思っていたせいだ。コンラートとのことは過去の恋の思い出の一つになって、そして温かな家庭を築くのだと信じ込んでいた。
 ユーリの書いた文面はコンラートには思いもかけないことで、頬に視線を感じながらも表情すら取り繕えない。
「あんたの願いも叶うといいな」
 ユーリはそんなコンラートの肩を叩いて、身軽く絵馬を結びに行く。
 これまでぼんやり考えていたのとは違う人生が、たった今目の前に開けたコンラートを置いて。


End


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