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お姫様だっこの呪い

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 前戯のキスを交わす。ユーリの身体からくたりと力が抜けたのを感じて、なし崩しに長椅子に倒れこんでいた背中に腕が差し込んだ。膝裏にも。
 ユーリが目の前に迫った胸に頬を擦り寄せて、首筋から顎先にキスしながら肩にしがみついて――。
「なあ。なんでいっつもおれがお姫様だっこ?」
 そこではたとユーリは疑問を口にした。
 ここで体格の差とか筋肉量の違いとか――王のご機嫌を損ねる返答を心得ているコンラートは。
「陛下にそんなこと、させるわけにいかないでしょう?」
 潜めた声に目一杯情感を乗せて囁いて、それ以上の追及をキスでとどめた。
 首に絡んでいたユーリの手が、煽るように髪を掻き乱す。
 ひととおり唾液を混ぜあって、もっと深いところでも――そんな気持ちが溢れだしそうになったところでほどいて。
 いざ寝室へと、腕に力を溜めたら。肩を押された。
「おれがやってやる」
「え?」
「今は陛下、じゃないだろ。だから遠慮するな」
 あえて口にしなかった理由なのに、しっかり伝わってしまっていたらしい。
 目尻に朱を刷いて瞳はきらきら潤んでいるのに、ユーリの視線はざわりと剣呑。濡れた唇はあでやかに色づいているのに、口角を上げた表情に先程までの熱はない。
 ここで固辞して、これ以上臍を曲げられるのも厄介だけれど。しかし、ユーリがコンラートを抱き上げるとして…持ち上がらなかった時――これはもうフォローのしようがない。
 困惑するコンラートを押しのけ、ユーリはさっさと椅子を降りる。
 成長したユーリとは、並んで立てばさほど目線は変わらない。身体を鍛えることは好きなので、それなりに鍛錬もし、その結果としてそれなりに筋力だって備えてはいるが。
 身をかがめたユーリに、背中と膝裏に手をかけられる。首に腕を回せと無言で促す目が、どんどん険しくなってくる。
「しかしユーリ…無理をして筋を痛めたりしても…」
 怖々しがみつけば、ユーリが足をすくい上げる。ぐらぁっと重力の向きが変わって身体が不安定に宙に浮いた。
 若い頃の人型でなかった恋人をはじめに足を挫いた御婦人まで――そしてここ百年はもっぱら魔王相手に、数知れずこうやって抱き上げてきたけれど。されるのは初めての経験だ。だけど今は感慨深いより、とてもシュールな光景になっていることより――ユーリの腕の腱と腰が心配だったりする。
 なので半ば放り出すように着地させられてコンラートはホッとした。
「大丈夫ですか?」
 そんな心配を余所にユーリは息を切らしながら忌々しそうに睨みつけてくる。
「腕の力だけで持とうとするからいけないんだ――よし、コンラッド、これなら」
 言うなりコンラートの腰に抱きつく。
「ちょっと、ユーリっ 何しようとして…」
「何って。肩で担ぐならって――米一俵担いで男は一人前って認められんだぞ」
 米一俵――郷里の成人の儀なのかとコンラートは流したが、ユーリの育った時代の話ではない。
「それってどれぐらいなんです?」
「ん? …六十キロ」
「あー、それ」
「駄目だな」
 今度は数字の前に断念。
 あぁ、もう長椅子でいいか――妙な展開に場所などどうでも良くなってきていたら。まだ諦めていなかったユーリが、よしっ、と背中を見せて蹲った。
 後方に両腕を伸ばして、こいこい、と手を閃かせる。
 もう何が何でもコンラートを運びたいらしい。本来のムードもへったくれもない。
 こんなことなら普通に歩いて行った方がなんぼかマシだ。毒食らわば皿までの気分でコンラートはユーリの背中に乗っかった。

 心地よい疲れと達成感で、満足げに倒れこんでいるユーリを眺める。
 さて、俺達は何をしようとしていたんでしょうね――。
 コンラートは遣り切れない溜息を、無理やりに飲みこんだ。


End


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