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マシュマロ

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 夜、コンラッドの部屋へ遊びに行った。
 いつものように扉を開けて招き入れられたら、何となく空気の匂いが違った。
 理由はすぐにわかった。もう随分と前から用意だけはされていた暖炉に火が入っていたのだ。
 自分の部屋にもあったけれど。冷たい廊下を渡ってきた凍えた鼻の奥は、木の燃える匂いにくすぐったくなる。
「今夜は冷えるから。それと――」
 それと何? コンラッドの視線を追うと、テーブルの上に蓋付きの陶器が載っていた。
 何度かお茶の時間にチョコレートやクッキーを盛られて出てきた入れ物だ。きっと中はお菓子。そしてこの部屋に用意されているお菓子はおれ用だ。
 頷くから蓋を持ち上げる。お行儀よく真っ白くて丸い物体が並んでいた。
「これってマシュマロ?」
「ええ」
 早速摘まもうとしたら。
「あぁ、だけどちょっと待って」
 コンラッドが暖炉に近寄った。そういえば何か言おうとしていた。
 脇に積まれた薪の中から焚き付けに使う細い枝を見つくろうと、軍服の胸ポケットから折りたたみの小刀を取り出す。それで余分な枝をそぎ落として、手早く一本の細長い棒に仕立てた。
「それをこちらへ」
 暖炉、マシュマロ、木の枝。これって。
「やったことありました? 暖炉が珍しいって言ってたからてっきり」
 あれ、残念だな、と拍子抜けた顔をするからぶんぶん頭を振った。
「ないないないっ初めて! でもちっちゃい頃外国の物語かなんかでそういうの読んで」
 長い冬のお楽しみだと描かれていた。どんな味がするのかと、ずっと長いこと忘れられずにいたのに。そうか、こっちにもマシュマロがあったのか!
 おれはいそいそと渡された枝の先にマシュマロを突き刺した。これを暖炉の火であぶるのだ。
「ずっと旨そうだなぁって思ってたんだよ」
 すぐにぷっくりと膨れはじめ、薄く焦げ色が付いてくる。枝を回して反対側もまんべんなく火にかざす。これで憧れの、中はとろーり、だ。
 職人の目でマシュマロをあぶりながら、頬に微笑ましげなコンラッドの視線を感じる。ありがとうコンラッド、おかげで子供の頃からの夢が叶うよ――。
 そろそろころ合いかと枝の先のマシュマロを最終確認する。所々焦げて、もう中は充分だろう。
「熱いから気をつけて」
「ん」
 忠告に従って念入りに吹き冷ました。そう、火あぶりマシュマロは熱いのだと話にも書いてあった。
 恐る恐る歯を立てたらもうさすがに冷めたみたいだ。さっくりした食感と――
「あつぅっ」
 慌てて口から出す。ついでに舌も出す。とろとろの中身は容赦なく熱々だった。熱い。半端なく。
「だから熱いって言ったのに」
「らっれこんらりあふいとは…あふい…」
 涙が出そう。暖炉の火に向けて晒しているのすら熱くって、後ろを向いて少しでも冷たい空気に晒そうと舌をひらひらさせた。…攣れて痛い。
「大丈夫ですか」
「らめ――」
 心配そうに背中に掛けられるのに、かじりかけのマシュマロを差し出して返した。
 とてもじゃないけれどもう無理。食べられない。痛い。
 結局夢は叶わな――てかもういい。二度とマシュマロなんていらない。物語は結局物語なのだ。奴らは冬のお楽しみなんかじゃない。間違いなく凶器だ。ひょっとして火あぶりにされたことを恨んで復讐を企てているのかもしれない。きっとそうだ。
 阿呆な思考に逃げているとちょっとずつ痛みは薄れてくるけれど。これはしばらく、食事がしみるとげんなりする。
 ようやく少し落ち着いて、向き直った。
「ごめんな。せっかく用意してくれたのに」
 おれもがっかりだけどコンラッドはもっとがっかりだろう。
「いえ。それよりも…見せて」
 寛大で慈悲深い名付け親は気を悪くした風もなく心配してくれる。
 べえと、きっと赤く爛れているだろう舌先を晒して見せた。やっぱり痛い。
 コンラッドの喉が息を飲むみたいに薄く動いた。え、何、そんな酷いことになってん…じゃないことは僅かに泳いだ視線で知れた。
 慌てて口をつぐむ。かっと血が上る。
 別にそういうつもりじゃなかったのに。だけどそれなら知らんぷりでとおせば良かったのに、こんなあからさまな反応を見せてしまっては今更だ。
 気まずさにどぎまぎしていたら。
 大人な分立て直しも早いコンラッドが、軽く微笑んで、余裕を見せつけるみたいなキスを素早く鼻の頭にくれた。
 ますます血が上る。

 暖炉の前に陣取ってるばかりでなく火照る顔を膝に埋めているうちに、火傷はすっかり気にならなくなっていた。


End


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