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もしもの話

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「なぁコンラッド。おれが理想を言わなくなったら終わりだと思うんだ」
 夢を語るには疲れた顔でユーリが言った。
 理想を口にするには、この人は当事者でありすぎた。
 絵空事をうそぶくだけなら簡単だが、実行に移すのは並大抵のことではない。
 改革を成す時は、どんな些細なことにだって様々な抵抗と圧力があった。
 苦難の末たとえ実施に漕ぎつけても。歪みを孕みながらも長い時間の中で微調整され、一見上手く行っているかに見える既存のシステムとは違って、まだ粗削りな故の不具合もある。そこをあげつらわれ、その度に矢面に立たされるのもこの人だった。
 理想はその責を負わされて血みどろになる立場が語るものではない。
 口に出しかけた言葉をのみこんだ。そんな台詞は望まれてはいないから。
「誰も思いもよらないようなとんでもないことを言い出して、皆の度肝を抜くのがあなたの売りですからね」
 胸に抱き込んで頭を撫でたら、くぐもった笑い声が伝わってきた。
 心身を磨り減らしながらも、魔王として立つ限りこの人は理想を口にし続けるのだろう。
 このような王を戴くことの出来て、自分たちは幸せだ。仕えることにこの上ない喜びを感じる。
 誰よりもそんな魔王を望んだのは自分なのに。
 背中に手のひらを回したら、少し痩せたと感じた。あばら骨が尖って触れる。
 この人を魔王になどしなければ。彼はごく普通の男として地球で一生を送っていたはずだ。
 一国の頂点などに就かなくとも、当たり前の平穏と幸福を得て。彼がぼんやり夢見ていたように、可愛い妻と子供を得て。
 そのまま背中をなだめながら、気付かれないようにうっそり笑った。意味のない『もしも』の話にすら、嫉妬を覚えた自分がおかしくて。
 駄目だと自嘲する。
 自分はたとえユーリを修羅の道に引き摺り込んだって、共にありたいのだ。
 もう一度あの時の選択の場に戻れたとしても。間違いなく再び彼に魔王の運命を与えるだろう。
 自分と共に生きさせるために。


End


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