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犬も喰わない
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「私が悪いって言うのっ!?」
突然上がった若い女性の憤る声に、ユーリは真下を覗いた。
中庭を望む三階のバルコニー。まだ夜露が完全に乾き切らないような時間である。ああ、今日も良い天気だなぁと、ユーリは冷たい空気を吸いに出ていた。
あまりに足元だったもので、それまでは目に入っていなかったが、どうやら先客がいたようだった。低い灌木の陰になって、庭の方からは人目に着きにくい場所だろうけど、上からはまるで無防備だ。
もっとも、今のような大声を上げなければ、わざわざ真下を覗き込む人も居ないだろうけど。
「あなたって、いつもそうよねっ」
喰ってかかっているのは赤みがかった金髪の女性。こちらに背を向けているせいで表情はわからないまでも、大層ご立腹のようだ。
相対するのは濃茶の髪の男。財務関係の何かの会議で覚えがあった。たしかヴォルテール領の…誰だったか。
一生懸命取りつくろってはいるんだろうけど、うんざりした顔を隠しきれていない。なんでこんな朝っぱらから、俺は怒られているんだろう――そんな彼の心の声まで聞こえてきそうだ。
あーあ…お察し申し上げます。そう彼にお悔やみを言って、だけど今の自分の状況に口の中が渋くなる。
まぁ、けど。ああいうのは可愛げがあるって、言えないことも無いよな。
馴染んだ軍靴の音がして、背後に控える気配にユーリは室内に戻った。魔王の視線の先を確かめた護衛は黙って片眉を上げた。きっとユーリと同じような感想を持ったはずだ。
刻限を告げに来たのであろうのを後ろに連れて、清々しい朝と甘ったるい修羅場を後にする。数歩進んで、ユーリは逡巡を投げ捨てるようにコンラートを振り返った。
「悪かったよ。反省してる」
「いえ、俺も言い過ぎました」
コンラートがするりと返す。表情も変えずに、だ。
うわぁ、まだ怒ってるし。
朝から喚き散らされるのも何だけどさぁ。静かに怒られる方が、どれだけ堪えるか。わかるぅ?
End
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