----------------------------------------

河原でデート

----------------------------------------

 ユーリはキャッチャーフライになり損ねたボールを追っかけて、土手の斜面を駆けあがった。
 草に埋もれて見当たらないのを探していると、「そっちに落ちたよー」と声を掛けられた。土手のもっと上の方に座っていたカップルの女の子だった。
 指さす方に目を向けたら、確かに草の陰に白いのが見えた。
「あざーすっ」
 帽子を取って礼を言うと女の子はにっこりして、隣の彼氏はそんな彼女を肘でつつきながらくすぐったそうに笑っていた。
 グランドへと駆けおりながら、そんな二人を楽しそうだな、と思った。いや、野球してる自分だって、もちろん、すごく楽しいんだけど。
 そしてその時感じた甘酸っぱいような気持ちは、ピッチャーに返球すると忘れてしまった訳だけど。


 思い出したのは、流された先の眞魔国、休憩時間を使ってキャッチボールをしていた時だった。
 後逸させたボールを拾って戻って、コンラートへと投げ返すと同時にふと浮かんだのだ。
 河原に座ってたカップル。ただ並んで座ってるだけなのに、とても楽しそうだったこと。二人はどんなやりとりをしてたんだろう。何を話してあんなに幸せそうに笑っていたのか。
「どうかしました?」
 コンラートが投球を止めて声を掛けた。
「いや…うん」
 別になんでもない、と言いかけて止めた。
 ユーリはわずかな決心をして駆け寄る。中庭で声を張り上げてする内容でもない。
「なぁ、おれらって、その…――つつつつ付き合ってるんだよな?」
 何を言い出すのかとコンラートは首を傾げる。
「えっと、さぁ…あんまり――つ、付き合ってるっぽいことって、してないだろ? おれらって」
「そうですか?」
 ユーリが言うことに、コンラートは今一つピンとこないようだった。
「ほら、その…デート、とか?」
 ひょっとして眞魔国にはそういう習慣が無いの? 彼の反応の薄さに不安を覚えていると、ああ、とコンラートは頷いた。
「確かに改めて出掛けることって、あまりないですもんね。じゃあ、今度行きましょうか」
 デート、とわざわざ腰を屈めて、ユーリの耳元に告げる。
「…別にそんな大層なものじゃなくっても良いんだけどね!」
 完璧なエスコートだとか高そうなレストランの予約だとか、さらっとやっちゃいそうな男に、ユーリは慌てて手を振った。
「二人で…ぷらぷらしたり、川べりで他愛ない話をしたりするだけでもたのしいんじゃないかなぁって」
 手を繋いで、とは、さすがに言えない。だけどコンラートはそんな躊躇いも全部判っているかのように笑った。
「そうですね。そういうのも楽しそうだ」


 そうやってコンラートとしたデートは楽しかった。明確な目的も無く、足の向くまま街を散策して、疲れたら半分水を混ぜたようなうっすい果汁を買って飲んだ。市が終わった後の閑散とした川べりで、だぷだぷと足元の石組みを洗う運河の水を眺めながら話もした。贔屓の野球チームのことやらヴォルフラムの新しい絵のこと。とても楽しかった。またしよう、デート。と約束して、夕焼けの空にちょっとセンチメンタルな気分になって、手なんかも繋いでしまった。すんごく楽しかったのに。
 ユーリは長椅子の上に両足を引きあげ膝を抱えた。
「何を怒ってるんです?」
 隣で部下から上がってきた報告書に目を通していたコンラートが、ユーリのふくれっ面を覗き込んだ。
 夕食も風呂も済ませたコンラートの部屋。いつものように寝る前のひとときを、のんびりと過していたのだが。
 むすっとユーリが告げる。
「前に城下に遊びに行ってからもう三週間だぞ」
 そうでしたっけ、と記憶を浚うようにコンラートは首をひねった。
「ああ、この前のお休みは雨が降っていて、行けなかったですからね」
 ユーリは勢い込んでコンラートの腿に乗り上げた。
「三週間だぞ! おれら付き合ってんだぞ! 三週間もデートしてないって、なんか寂しくない?! 寂しいだろ?!」
「ええ…まぁ」
 ユーリはぐっとコンラートの襟を掴んだ。
「ええまぁって、あんた、楽しくなかったの? 川べりでしゃべったり、運搬船の積み荷の当てっこしたり!」
「積み荷は無理ですけど、話ならどこでもできますからねぇ…――ユーリ。この前から、やけに川に拘るね?」
 宥めるように背中を撫でられて、ユーリは我に返った。
 確かに三週間デートしてなくっても、話なら毎日してるのだ。毎日、毎晩。
「…だって。川、いいじゃないか」
 川。どうして川なのか。ってそれは…やっぱりあれだな。
 ユーリは自分の単純さに恥ずかしくなりながらも、草野球の練習中に出会ったカップルの話をコンラートにした。何にもない河原に座って、とても楽しそうだったこと。あれがお付き合いの王道だと思ったこと。
 ユーリが語ると、コンラートはなるほどね、とユーリの髪を掻き廻した。やっぱり呆れてるだろう、とむっとして頭をふると、コンラートは相変わらず楽しそうで、ユーリの髪を指で整えながら「それはね、他に行くところが無いからですよ」と言った。
 例えばの話ですよ、と念押ししてコンラートが続ける。
「ユーリに同級生の彼女が出来るとしましょう。だけどご自宅には美子さんがいる。そりゃあユーリの彼女なら大喜びで迎えてくれるでしょうが――」
 想像して、即座にげんなりした。だからといって彼女の家に遊びに行くのも――嫌だな。
「…なるほど」
「二人でいるなら河原でも楽しいっていうのは真実だと思いますけどね。だけど誰はばかること無く行き来できる部屋があるのなら、わざわざ河原には座らないでしょう?」
 コンラートはせっかく梳いた前髪を掻きあげると「キスもできませんし」とユーリの額にくちづけた。
 そうか、うかうかキスも出来ないよな、と思っていると、今度は唇がちゅっと重なった。
「だから俺達は、わざわざ河原に座りに行かなくてもいいんですよ」
 確かにこの部屋には入り浸っている。ほぼ毎日。そっか、だからデートは三週間してなくても――。
 コンラートの腕が背中を抱き込んだかと思うと、ぐるんと視界が回った。
「わぁっ!…」  ユーリはソファに寝かされていて、コンラートのキラキラした瞳に至近距離から見つめられていた。するりと頬を撫でられて、またちゅ、とキス。
「…今夜もするの?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど…」
 おれらのお付き合いが、そう時間を置かずに不健全になったのは。――河原じゃなかったからだよなぁ。


End


ブラウザバックでお戻りください

inserted by FC2 system