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消毒のキス
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城下を一人で散策しているときだった。
「ああ、景気はどうだい? またこっちにも顔を出してくれよ」
耳に入った声に反応して振り返った。
だが、ざっと見回してもユーリの護衛の姿はない。離れてついてくる影供を確かめると、やはり怪訝そうに道行く人々を見回しているのでユーリの空耳でもないようだ。
確かに城に置いてきたはずのコンラートの声がした。
「じゃあまた。気をつけて」
再びその声が聞こえて、手をあげて知り合いに別れを告げてる一人の男に目が止まった。
コンラートよりも幾分か若い。商人らしい身なりで、ハチミツみたいな金髪で青い瞳。
たいそうモテそうな男ぶりだけど、彼とは似てもにつかぬ顔立ちだった。かろうじて言うなら、やはりあごの形が似ているのか?
「わかってるよ。そっちもな」
相手と軽口を交わして上げる笑い声までそっくりだ。
馬車を出して行ってしまったのを見送ると、その金髪の男は今度はまっすぐユーリを見た。
驚いたように眉が上がる。そして口元に小さく笑みを浮かべて歩み寄ってきた。ああ、声が同じだけあって、そんな表情も似ているかもしれない。
「どこかでお会いしましたっけ。あなたのような美人なら忘れるはずがないと思うのだが」
そしていかにもコンラートが言いそうな気障な台詞。
じゃなくて。今更ながら、不躾に見つめてしまっていたことに気がついて慌てた。
「失礼を。あなたの声があまりに…友人と似ていたものだから。驚いてしまって」
彼のことを恋人、とナチュラルに称しそうになって、踏み止まる。自分と同じ声の男が恋人だとか…あまり聞かされて良い気がするものじゃないだろうから。
恐ろしく同性間の恋愛に寛容な国ではあるけれど、行き摺りの相手にまで教えることでもない。
にしても、臣下より友人より恋人が先にくるんだな、と改めて自分の認識が気恥ずかしくなる。…今更だけど。
「そんな甘やかな表情をさせる友人?」
なのに折角おれがまわした気は、あっさり見破られてしまった。
あからさまだって言われ続けているけれど、これほどまでなのか…軽く落ち込みそうになる。
それとも声だけでなく、恐ろしく感がいいところまでコンラート似なのか。
「そんな顔でじっと注視されてると。ご期待に応えたくなるな」
耳に入るのはコンラートの声でも目の前で口を動かしているのは見ず知らずの男。声が似ているだけのことだとわかっていても、やっぱり不思議な心地がする。
肩を寄せられて一歩引いた。
通行の妨げにならないようにと、道の端に居たものだから、通り沿いの建物の柱に背がぶつかった。
「それに本当に美しい。あなたの恋人が羨ましいよ」
この期に及んでそんな囁き声まで同じだなんて。呑気に考えてた訳じゃない。だけどこの声に警戒心は湧きにくくて。
近すぎる距離をあけようと、あげた手が相手の胸に押し返される。
いくら声は馴染み深かろうが、見ず知らずの他人にが何を、と驚いていたら、キスされた。
影供達のひっと息をのむ声を確かに聞いたと思う。
我に返って力いっぱい突き飛ばす前に、男はすばやく離れた。
「期待なんてしてねーよっ」
拳で拭ってそう叫んだら、往来をいく人が驚いたように振り返った。
しかもこんな道端でなんてこと。
「おや。怒った顔も美人だな」
男はコンラートとは似ても似つかぬ顔で嬉しそうに笑って、では、と踵を返した。
反射的にその背中をひっ捕まえそうになったけれど、だが捕えたところで…不敬に問う訳にもいかなければ、どうすることもできない。
憎々しくもう一度唇を擦って肩を落とした。
帰ろう。
迎えに出た侍従にコンラートの居場所を聞くと、その足で向かう。
彼は士官達と打ち合わせの最中だった。顔を覗かせると中座して出てくる。
「まさか、またお一人で?」
髪を染め、平民らしい装いのユーリを認めて、コンラートは顔をしかめた。
敢えて答えずに首にかじりつく。
消毒、と唇を擦り合わせた。
「消毒ってまさか」
彼の視線を追うと影供達が廊下の影で竦み上がっていた。
コンラートの頬を両手で挟んで引き戻し、今度はごめんなさいのキス。
…だからどうか不問にお願いシマス…。
End
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