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身から出た錆

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 聞きなれないメロディにユーリは舞台へと目を向けた。
 赤いドレスの歌姫が歌い上げるのは眞魔国にはない音階。どこか物悲しい旋律に海の向こうの文化を感じる。
 淡い色の髪を結いあげた白い肌の歌姫はきっとおそらく魔族で間違いないな、とあたりをつけるが、それ以外は何もわからない。たまに訪れるだけの城下の酒場で、余興の時間に出くわすこと自体が珍しいことだった。なので彼女がここの専属なのか、それともたまたま今夜だけの出演なのかすらも知れず、ただ綺麗な人だなぁと高音を歌い上げる姿を眺めていた。
 多めに用意された灯りに照らされて、唇が濡れたように光る。目を伏せてメロディをなぞるのが物憂くていい。初めはその珍しい曲調に惹かれてだったが、気がつけば歌姫の姿にユーリは夢中になっていた。ずばり、ユーリの好みだったのだ。
 すっかり歌姫に見惚れていて、迎えが来たこともテーブルのすぐそばに立つまで気が付かないほどだった。
「お疲れ様」
 護衛を放って城を出てきた負い目があるものだから、ユーリが自分のものより少し上等の酒を注文してやると、コンラートは「これくらいで誤魔化されるとでも?」と言いながらも丸め込まれることにしてくれたらしい。
 やがて拍手に見送られながら歌姫が舞台を去って行った。
「古い大陸の曲ですね」
 ユーリが向き直るとコンラートは含み笑いで話しかけてきた。ユーリが熱心に鑑賞していたのがおかしいらしい。
「だってすっごい美人だし」
 齧り付いて観ていたのが気恥ずかしくって開き直ると、コンラートは微妙な表情になった。きっと「あなたがそれを言ってもね」とかまた馬鹿なことを考えているんだろう。

 ユーリが不浄から戻ってくると、その歌姫がコンラートの前から立ち去るところだった。
 席に付くとかすかに脂粉の匂いが残っていた。どういうことかと視線に険をこめると。
「彼女は月に一度はここで歌っているらしいですよ」
 コンラートは仕入れた情報を教えてくれるが。
「なんで彼女がわざわざここに来てんだよ」
 コンラートは曖昧な笑みで首を傾げた。
 呆れて怒る気にもなれない。昔っからこいつの被ナンパ率の高さにはうんざりさせられてきたわけだが――どうして彼女なのか! そしてどうしてこいつなのか!
「まあまあ」
「まあまあじゃねぇよ」
 ふてくされるユーリにコンラートは手を伸ばしてきた。
 髪を撫でて耳の下をくすぐる指先に懐柔されてやりながら、ユーリは胸の奥にうっすらもやもやするものを覚えていた。



 夜風に当たりながら城まで戻ってくる間に酔いは醒めて、かわりにユーリの中で膨れ上がっていったのは馬鹿げたわだかまりだった。自分でくだらないとわかっている。わかっていても、消えてくれない。
 脳裏に浮かぶのはいくつもの灯りに浮かび上がる赤いドレス。物悲しい異国の旋律をなぞる唇。ユーリが見惚れた女性の姿。
 そんな歌姫に誘いを掛けられて、どうしてコンラートはあっさり断れるのだろう――馬鹿馬鹿しい。そんなの、ほいほい乗るはずがない。彼女に執心していたユーリだって、実際そんな誘いは断る。それは酒の余興に見惚れるのとは訳が違う。
 そうわかっていても、気持ちが晴れない。
 送り届けられた魔王の私室で、ユーリは落としてあった灯りを入れているコンラートの姿を目で追う。
 自分は果たしてあの歌姫に勝てるのか、なんて。見た目だけの問題でないことぐらい当然承知しているが、結局ユーリは女性ではない。すべらかで柔らかい肌とは違うし――どこをどう取ったって男でしかないわけだ。異性を求める本能を捻じ曲げて結んでいる関係に、今更ながらにどうしようもない不安を覚えた。
 きっとこれはうっかりユーリが彼女に見惚れてしまったことに原因がある。そんな負い目が反転してこんな憂いを生み出している。そこまでわかっていて、持て余している。
 いや、どうにもできないわけじゃない。この不安の消し方も知っている。
 コンラートの腕を引き、口づければいい。いつもより深いキスをして耳元で囁けば、コンラートはこんな鬱屈などきっちり忘れさせてくれる。
 なのにそれも手を伸ばし難く思っている。
 自分が誘えば気乗りしなくてもコンラートは断らないだろうし、だとか。万が一、明日も早いですから、なんて寝かしつけられたらどうしたらいいんだ、だとか。
 ユーリは色々諦めて息を吐いた。
 寝ることにする。きっとまだ残っている酔いがこうも自分を悲観的にするのだ。さっさと寝て、明日になればこんなもやもやはきっと消えている。寝巻を引き寄せて上着のボタンに手をかける。
 だが二つほど外したところで後ろから抱きしめられ、手を止めさせられた。
「もうすこし夜更かししませんか」
 とてつもない安堵が背中を包む。
「まだそんなに遅い時間じゃないよ」
 罪悪感を抱いてしまうようなことは、そもそも初めっからするべきじゃない。ユーリは両手で引き寄せたコンラートにキスをしかけながら、悪いことはできないものだと反省した。

 キスを交わしながら互いの服を落として、もつれるように寝台に倒れ込んだ。
 シーツの上に抑えつけられる、その強さが嬉しいだなんて、大概自分もおかしいと自嘲しながらも胸が高鳴る。女にはなれないと嘆いたって、すっかり受け身が板についていて、しかもそれが嫌ではないのだ。
 さんざん捏ねられた胸の先を口に含まれ、吸われれば腰の奥が疼く。息をつめるユーリに気を良くしたのか、コンラートは執拗に愛撫を繰り返す。歯の先で引っ張ったり、なだめるように舌を這わせたり。
 すっかりもどかしくなった性器をコンラートの体に擦り付けてねだって、さらに奥へと指を誘うためにユーリは片足を立てた。そんな媚態をとることにも抵抗はない。それでコンラートが熱くなることがわかっているからだ。愛撫で煽るのと同じことだ。
 コンラートが喜ぶから、声だって殺さない。ユーリが高い声をあげて果てると、コンラートは手の中に吐き出させたものを奥に塗り込める。
 吐精に昂ぶる身体を暴かれて、背中が震えた。性急なコンラートの手つきにも性感を高められる。
 膝を割り開かれてコンラートが入り込む。出したばかりなのに、また、ユーリの性器は頭をもたげ始めていた。
 押し広げられ、少しずつ侵入を果たす質量に頭が真っ白になる。ずるずると押し入られて、先ほどまで与えられていた快楽が前戯でしかないと思い知らされる。
 初めの衝撃が過ぎると息を吐けるくらいには落ち着いて、寄せていたらしい眉間をなぞる指に瞼を開けたら、コンラートが欲を湛えた目で伺っていた。
「いい?」
 今度はじれったさが溢れてきたので、けしかける言葉を囁く。
 ユーリの中をコンラートの熱が擦りあげる。浅いところを何度も突いたかと思えば捻じりながら奥を狙う。そのたびにユーリが甘い声をあげて身をよじる。
 コンラートはユーリの赤く色づいた胸の尖りを痛いくらいに捻る。だがそれにすら感じて、ユーリの内はコンラートをきりきりと締め付ける。
「今夜は酷くしたい気分なんです」
 コンラートは心地よさげに眉を顰めながら「あなたがあまりにも熱っぽく歌姫を見つめるから」と白状した。
「妬けた?」
 これでもかとばかりの愛情を思い知らされたユーリは、笑いながら腰を揺すってみせるくらいにはすっかり回復していた。伸び上ってコンラートの唇にキスをする。
「嫉妬で焼け焦げそうです」
 コンラートはユーリの身体を抱え込むと口づけたままにより深くを抉る。目眩がしそうな快楽に置いて行かれまいとユーリも足を絡める。
 キスの合間に切らす息とはしたなく濡れた音が響いて、面倒なことはすべて置き去りに。互いの熱だけがすべてを埋め尽くした。

「来月も行くんですか」
 汗の引いたユーリの肩に、触れるだけの口づけを落としながらコンラートは聞いた。その声は行かせたくないと言っているから。
「来月ってそろそろ仕事が忙しくなるんじゃないの?」
 あくまで消極的に、もう行かないよ、と告げて。懲りました、というのもユーリは心の中だけで呟いた。


End


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