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もたれ掛かる対象で5題

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いつもとは違う設定です
三男派おこ コンユさんげきおこ という誰得話
最後まで読んでもたぶん後味はよくないです
あと見た目が嬉しいので四半世紀ほど未来の話ですが陛下・三男→二十代前半 次男→二十代半ばくらいの外見で想像してもらえればと思います


01 椅子

 寝床に這入るには早い時間。訪いを告げるノックにコンラートはひとつ息を吐いて扉を開けた。
 予想通り、ユーリの姿。
「邪魔していい?」
「もちろん。来て下さるんじゃないかと思っていたよ」
「悪かったね。他に行くところもないもんで」
 ユーリは手土産のワインを置くと長椅子に腰を下ろした。甘い白ワインはビーレフェルトの特産だ。露に濡れたボトルはよく冷えているようだった。
「ヴォルフラムは明後日までですか」
「その予定――おれも行きたかったんだけどなぁ。ヴォルフんちのメシ、旨いんだよな」
 ビーレフェルトの親戚の結婚式に出席のため、ヴォルフラムは先日から領地に帰っていた。ユーリもそれについて行くつもりだったようだが、公務と日程が合わずに断念していた。
 夕食の後まで執務室に籠るような用件は抱えていないはずのユーリが、今夜あたり訪ねてくるのではないかと思っていた。
「あなた方は本当に仲が良いですね」
 なんだかんだと言いつつも、いつも一緒にいる。長い婚約期間を経て、ユーリとヴォルフラムが結婚してから二十年近くが経っていた。
 ユーリは首をかしげる。
「そっかー? いまだにしょっちゅう喧嘩するし。どっちかってと気が合うのはコンラッドの方だと思うんだけどな」
「それは立ち位置の違いですよ。夫婦だから遠慮なく喧嘩もするんでしょ」
 無邪気な言葉は未だに小さな棘を胸に残すが、表情に出すことのないだけの時間は過ぎた。
「あんた、おれに遠慮してんの?」
 本当はそれよりもっと厳しく、コンラートは制約をもってユーリと接している。
「何しろ魔王陛下ですから」
 嘘つけ、とユーリが笑う。
「あいつ、いちいちうるさいんだよな」
 渋い顔をしてみせるものの、ヴォルフラムが口うるさくするのもすべて、ユーリの為を思ってのことだとわかっているから、本人だってポーズに過ぎない。
 留守の配偶者のそしりを愛おしげに口にしながらユーリは持ち込んだ甘い酒を注ぎ分けた。最高級であるはずが、今夜のコンラートには喉の奥に粘つくように感じられる。
 貴族社会のしきたりだとか考え方だとか、ユーリの気が回らない部分のフォローを請け負って、ヴォルフラムは無くてはならない存在としてユーリの隣にいる。
 どさくさ紛れに結ばれた婚約だったが、後ろ盾のない混血の魔王にとってビーレフェルトの次期当主はまたとない後見になったのだ。
 これを言うと彼らの結婚が損得ずくの政略じみた物にしか聞こえないが、それは誤りだというのは、二人を知る者皆がわかっていることだった。
 ヴォルフラムは心からユーリを愛していたし、ユーリもそんな彼を大切にしていた。魔王の寝台を乗っ取る暴挙に出てまでずっと近くに居て支え続けたヴォルフラムとユーリの間には、他人など入り込めない固い絆が結ばれていたのだ。そう、黙って姿を消して、主を裏切るコンラートには決して立ち入れそうもない。
 いくらそれがユーリの為だといっても、たとえあの一度だけだといっても、コンラートはユーリを欺いたのだ。
 なかなか入らない酒を弄びつつ、ユーリの話に耳を傾けていると、また扉がノックされた。今度は警備に関する小さな報告で、ユーリは些末事で席を外すことを手をひらりと振って許可した。

 用を片付けて部屋に戻れば、二十分ほどの間にユーリは眠ってしまったらしかった。長椅子の背に頬を預けて窮屈そうに眠っている。空になった酒杯がまだ手の中にあるのをそっと取り上げるも、起きる気配はなかった。
 無防備だと思う。もっともユーリにとっては警戒する必要など何もない。警戒すべきは腹に一物あるコンラートの方こそだ。
 小さな寝息に合わせてゆっくりと胸が上下する。手をつくと椅子がわずかに沈んだが、ユーリの呼吸はそのままだった。
 部屋着の白いシャツが触れる程度に頬を寄せる。アルコールで上がった体温がユーリの匂いを立ち上らせる。
 存在して、近くにあるだけでいいと思った。ユーリの後ろで彼を護る、それで十分だと思っていたのに。時折、諦めの悪い衝動が燻る。
 もう、二十年も昔に折り合いをつけたはずなのに。


02 壁

 静かに扉は閉じられた。留め具のかみ合う音が響いて確かに閉じられたのに、それでもユーリはじっと息を殺して扉を見つめていた。まだ、この分厚い板の向こうには彼が居るような気がして。十もゆうに数えてからようやく詰めていた息を吐いて、ユーリはすぐ横の壁に寄り掛かった。思っていた以上に肩に力が入っていたらしくて、ひどく身体が重く感じられた。横目で扉を眺める。
 もっともすぐ外には立ち番の近衛兵が居て、いつまでもコンラートが佇んでいられるわけもないのだ。ユーリの思い込みに過ぎない。

 金縛り、というのはこういうことか、と夢うつつにユーリは考えていた。
 ノックは聞いた気がするだけだったが、扉が開く音はしっかりと知覚した。起きなくては、と思うよりも体が動かないことを知る方が先で、指一本持ち上がらないことに混乱をきたし、だが声をあげることもできない。自分は体の動かし方をすっかり忘れてしまったようだ。
 それでも気持ちの上だけでのじたばたはそう長くは続かずに、これは噂に聞く金縛りというやつか、とユーリは納得した。意識は目覚めていても、身体がまだ寝ているんだろう。だったらしょうがない、寝てしまえ。
 そんな状態で良く知る気配が近づいてきて、そういえばコンラートの部屋に来ていたのだっけと状況を思い出した。部下に呼ばれて席を外したコンラートが帰って来ていたのだろう。このまま肩をゆすられて起こされたら、あるいはこの状態から解放されるのかもしれない。
 そんな風に思っていたのだが、いくら待ってもコンラートはユーリを起こそうとはしなかった。目の間に立つ気配はあるのに。頬がひりつくような視線は感じるのに。
 ユーリは少し怖くなった。今、コンラートがその気になれば、自分は簡単に殺されてしまうだろうと。まさか彼がそんなことをするはずもないのだが、何故かユーリはそのような想像をした。
 コンラートが放っているのが殺意なのか憎悪なのか、目を開けることのできないユーリに確かめるすべはない。ひょっとしたら、今この状況もユーリの夢に過ぎないかもしれない。
 その思い付きはとても正しいように思われた。そもそも金縛りだなんてそんなオカルトめいた状況が胡散臭い。夢らしく、コンラートが身をかがめユーリに被さる。これでおとぎ話のようにキスなんてしようものなら確定だとユーリは考えていた。
 常々コンラートのことを女の子が憧れる王子様っていうのを具現したらこうなるのだろうと思っていたから、この夢はそう荒唐無稽なことではない。しかしどうして自分がお姫様の役割なのかとここは憤慨するところだ。ただ、オチとしてはそろそろ目が覚めるのだろう。でなくては目が覚めた時に名付け親相手に気まずいことになるじゃないか。
 コンラートが跪く気配がした。だらしなく寝こけるユーリの胸元に頬を寄せるような空気のゆらぎだけを感じる。わずかでも触れてはいけないとでもいうような禁忌すら思い起こさせる距離を保つのに、途端にユーリは現実を認識した。
 コンラートが目覚めを促すようなキスでもすれば、これは夢だと思えたが、この厳しい隔たりがユーリにリアルを突き付けた。
 衝撃がユーリに覚醒を促し、身体の回路が繋がった。どこをどうやればいいのかまるで分らなかったそれまでが嘘のように、ごく自然にユーリの瞼は持ち上がり、指も腕も上がった。
 コンラートは身体を起こして、「お目覚めですか」と何事もないように言った。
 どれほど見つめても、そこにはいつものコンラートが居た。
「大丈夫です? 寝ぼけてる?」
 視線を外すことのできないユーリにコンラートはそんな風にして笑いかけ、きっとよだれでも垂れていたのだろう口の端をぬぐった。
 そのどこにも恐怖を覚えるほどの厳しい空気はない。無邪気な寝姿を微笑ましく笑うコンラートの姿があるだけだ。
 今の今までの緊張感とはまるで違う仕草に、ユーリは背中がぞっとした。こわばりそうな表情をごまかすためにごしごしと乱暴に顔をこする。
「今何時?」
 茫洋と聞こえるようにゆっくり尋ねると「それほど経ってませんよ」とまるで平常なコンラートの答えがある。

 その芝居に付き合っていつものように自分の部屋に送り届けられながら、ユーリは世界が反転するのを感じていた。これまで本当だと思っていた護衛が先ほどのうたた寝の終わりに知りえた護衛と入れ替わる。
 いや、コンラートは何も変わらないのだ。ユーリの見方が変わっただけだ。だけど知ってしまえば、もう以前には戻れない。まるでだまし絵の、隠されていたもう一つの絵柄に焦点が合ってしまったように。
 足腰に力を入れて、壁に預けていた身体を起こす。いつまでもこうしているのは馬鹿馬鹿しい。寝支度を整えるべく身体を動かすが、 すぐに寝付ける自信はなかった。
 親友であり保護者のような護衛の絵に隠されていたのは、相当陰鬱な強い感情だった。憎悪にも似た執着。同じ手触りを知っている気がして記憶をさらってみたら、ヴォルフラムに付き合って観た演劇の主人公だった。
 嫌になる。彼は片思いの相手に恋を募らせすぎた末、殺してしまうのだった。まさか自分はコンラートに殺されてしまうんだろうか。まぁそれもしょうがないかもしれない、とユーリは思う。
 なぜなら自分はずっと以前からコンラートの気持ちを知っていた。それこそユーリがヴォルフラムと結婚する前からだ。面と向かって言われたことはないし、ユーリの結婚がいよいよ決まった時も止めなかった。それでも彼が心の底でどう思っているかなんてことぐらいは、なんとなくわかる。
 わかってて知らないふりをしたわけだが、それ以外に当時の自分が取れた行動などないと思うのだ。コンラート自身が何も言わないと決めたのだ。当たり前のようにユーリとヴォルフラムの結婚を言祝ぐ相手に、どうすればよかったのか。あれからずいぶん経った今だって、自分が間違っていたなんて思えない。ただ今、予想以上に根深かったコンラートの執着に触れて、面喰っているだけだ。
「二十年だぞ、おい」
 とっくにコンラートが隠し持つ恋情は当たり前のことになっていた。さらにその上に時間だけの日常が積み重なって、年月の地層にすっかり沈んでしまっていた。今ではまるで意識に上ることもないほどに。
 そこでユーリはふと目に入った窓に映る自分の顔に愕然とした。宵闇を塗り込めたガラスの中の男は、確かに嬉しそうな笑みを浮かべていたのだ。


03 扉



04 浴槽



05 仲間



End


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