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虫刺されにはご用心

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 ひと綴り五十ページはある書類の解読を進める。
 午前中、宰相と王佐の不在をいいことに昼寝に逃避してしまったので、今はその分を取り戻すべく必死だ。睡魔も遠慮するくらいに。
 グウェンが帰ってくるまでにやっつけとかないと、マジやばい。非常事態なので文字を指先でなぞるズルもする。
 次のページを繰って、再び左手を首筋へ。
「陛下、そこ、どうかされたんですか?」
 執務机より入口に近い壁際に陣取って、護衛中のコンラッドが自分の首筋を指さしながら聞いてきた。
 言われて、さっきからぱりぱり掻きむしっていたことに気づく。
 痒いからと、掻いてしまうことには、後ろめたさが付き纏う――。
 皮膚を傷つけて炎症を酷くする。掻きこわしたりしたらそこからばい菌が入ってエライことになる。何より、子供のころから「掻いちゃダメ」ってうるさく言われるので、すっかりタブーとして刷り込まれている。
 この時も、無意識とはいえ悪いことを咎められたような気がして。書類に目を落としたまま、慌ててぱちぱち、と熱を持つそこを叩いて誤魔化した。
 そばまで来たコンラッドが、
「だいぶ赤くなっていますよ?」
と覗き込んでくる。
 だけど今は、我がことながら返事をしている間も惜しい。
「あぁ、あれだ――午前中、裏庭の木の下で昼寝なさっていた時。きっとあのとき虫に刺されたんですよ」
 あれで寝過して、それで今、この惨状。さらに虫刺されのオマケつきだったとは。ウルサイのが居ないとばかりにサボった報いか。
 頭の片隅で反省しながらも必死で指を紙に滑らせる。あれっ、一行とんだ。
「ちょっと、もう掻かないから。静かにしてて!」
 追い詰められていたものだから、思いがけないほど強い口調になった。だけど、忙しいふりで書類に向かった。ってホントに忙しいんだよっ。


「陛下」
 陛下って呼ぶな…心の中で返して、で、また自分が無意識に掻いていたと気づく。
「そんなに気になったら集中できないでしょ?」
 後ろからコンラッドが、ワイシャツの襟元を指でぐいっと引き下げた。
 おい、邪魔すんな――屈みこむ気配。と、そこを吸われた。
「ちょっあんた、何して…イタ、痛いよ」
 がっちり掴んだ肩を押さえこまれて逃げられない。
 痛いほど吸い上げられたそこに、ざわりと舌を這わされた。リアルな感覚に震えが尾てい骨まで走り抜ける。
「毒を吸い出しましたから。もう痒くならないですよ」
 どうぞ集中してお仕事続けてください。
 そうにっこり爽やかな声で言われたけれど。きっとそれだけじゃない眼をしてる。振り返らなくてもわかってしまうのを、なんだか悲しく思いながら書類に戻る。


 お茶もおやつも断って必死のパッチで頑張った。首も肩もバキバキだ。背中に鉄板入っている感じまでする。
けれどタイムアップ…。書類五十ページ、甘くみてました。専門用語が多すぎます。説明が難解です。表現が回りくどいです。
「よもやサボってなどないだろうな」
 何をやってたんだ、とギロッと睨まれて震え上がった。
「まさかっ…一生懸命みっちりやりました…けど…」
 グウェンダルの視線がわずかにそれた。とたんに眉間のしわが倍増。額に青筋まで浮かんだ。
「お前らはっ!」
「ごめんなさい〜」


 結局終わるまで許してもらえず、深夜、ほうほうの体で執務室を後にした。
 部屋を出るなり、
「すいませんでした」
と、すまなさそうにコンラッドに言われた。
「何いってんだよ、昼寝してたのは俺だし」
 サボリを止めなかったから謝罪だなんて…あんたもどんだけ過保護なんだよ。
 寝てしまいたかったけど肩こりは辛かったし、風呂だけは…と向かった浴場で。
 そういやあの虫刺されはどうなったんだろうか。確かにあれ以降は、痒みに邪魔されることもなかったのだけれど。
 ふと鏡を覗き込んで、目を剥いた。
 なんだっこのキスマークぅっ?!
 ……。
 グウェンの怒りっぷりを理解した。
 ――絶対っ、フシダラなことしてサボってたって思われてるぅ〜っ(泣)。


End


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