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祈い ―ねがい―

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「どうしよう。コンラッドにばれたら」
 先ほどからの機嫌良さそうな含み笑いはそんなことを考えていたらしい。
 ばれたら、というのはもちろん、夜ごと褥を共にしていること。
 『浮気発覚』の修羅場を想像してにしては楽しそうな理由は、そうなるにはまずコンラートがここに帰って来て、更にユーリの相手に嫉妬をしなければいけないという前提があるからだろう。
 たとえそれが不実を責められることであっても、コンラートが帰ってくるという夢想はユーリの気持ちを弾ませるらしい。
 常に飄々として生きているように見えたコンラート。父親が人間だとか、母親が魔王だとか。本人にはどうしようもない事情に生き方を左右されてきた弟は、上手に流されるすべを身につけているのだと思っていた。
 地位も富も名声も――何も欲しがらず、何物にもこだわらないのは、流れに身を任せながら泳いできた彼の習い性かと、漠然と思っていた。
 ユーリに会うまでは。
 そんな彼がはじめて執着を見せたのがユーリだ。あいつはこの双黒の少年を誰よりも何よりも大切にしていた。魔王と臣下、忠誠、などでは収まらないくらいに。
「グウェンって逃げ足早そうだよね。いっつもアニシナさん相手に鍛えてそうだから」
 ユーリの鼻を摘むと楽しそうにと声をあげて逃げようとする。
「え〜っだってコンラッドの方が強いんだろ?」
 どこか得意げな口ぶりに、
「おまえの護衛は最強だ、特におまえが絡んだらな」
言ってやったら満足そうな笑みを浮かべた。で、お返しのように「グウェンも強そうだけど」。
 なんだその適当な世辞は。
「おまえ、私が剣を抜いたところを見たことがないだろう?」
 正面から見据えて問いただすと、あちこちと視線をさ迷わせて誤魔化しを探す。
 私が帯剣しているのは飾りだと思っているな……。
 まぁ確かに業務に追われて鍛錬もさぼりがちになっているのは否定できないが。無理をしてでも時間を作るようにしようとちょっと心に決めて、気がついた。
「大体、おまえがもっと気を入れて執務に励めばよいのだろうが」
 ユーリは突然しかられてびっくりしている。
「何でそうなるんデスカ……」



「やっぱり重ねて四つかなぁ?」
「現行犯ならないこともないだろうが……」
『グウェンダルとの情事の最中にコンラートに踏み込まれる図』を想像したらしくてユーリの顔が引きつっている。
「怖過ぎる」
「だな」
 先ほどから、コンラートが帰って来る、という前提で話が進んでいるのは、無意識か、ユーリの祈(ねが)いか。どちらにしてもそれには触れずに、『浮気』の言い訳を一緒に探す。
「とりあえず、おまえはコンラートのせいにすればよい。そこを突けばあいつのことだから自分を責めておまえには何も言えんだろう」
「お兄ちゃん、結構ヒドイこといってる……」
 そういうユーリも可笑しげだ。
 コンラートは帰って来ると、何の根拠もないそんな願いをユーリと二人で空想する。
 現実からの逃避だと言ってしまえばそのとおりかもしれない。しかし、魔王として昼間は押し殺しているコンラートへの思慕を、そっと取り出して慰撫する時間も必要ではないか。
 今は血を流しつづける心の傷も、いずれ時が癒してくれる。痛くて堪らない今ぐらいは、そっと手を取って甘やかして――何が悪い。


End


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