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女王様とお呼び!

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■ 後 編 ■

 執務室付き事務官のひとり、サヴィニー卿オルガスト――当年とって百三十八歳、独身――は、スケジュールの調整があるからと奥の部屋から呼ばれた。
 魔王陛下の午前中の予定は全てキャンセルされて、それの調整か――あ、いや、と思い直す。今後も、だ。あの状態がいつまでのものなのかは知らないけれど…とりあえず今夜の会食も中止だな。血盟城勤めをしていると、かなりの非常識な事態にも寛容になる。更に中枢部に近づけば近づくほどに。
 慣れちゃうんだもんなぁ…と事務官は魔王の前に参じた。宰相閣下の眉間にはいつもの三倍増しで皺が刻まれている。王佐閣下はというと、何故か机の向きが違う。いつもは正面の王の机と直角に配されているのがくるりと向きを変えて、陛下に背中を向けるような…。見れば年齢を感じさせない湖畔族の美貌に赤く血を滲ませた鼻栓。なるほど。
 そして、慣れたと言っても。覚悟はしていても。一礼して顔を上げた先には綺羅綺羅しい女王陛下が座っておられた。
 もとよりほっそりした陛下であったが、いっそ華奢な肩が。一回りも小さくなった身体が大きな執務机を前に着かれている様が。痛々しいまでに目に映る。
 ユーリ陛下は見かけの優美さとは裏腹に、官吏使いが荒い。
「あんた達はこの国の頭脳だよー、こんな精鋭ばっか集めた集団擁してるのは眞魔国だけだよー、あんた達がいるから国が回るんだよー」と煽てられながら、馬車馬のように働かされて、特に王執務室前に席を頂くには『心身が丈夫であること』が必須条件とされている。だがそれを指示する陛下だって随分苛烈な仕事ぶりをされているわけで――本当に、この女性にあの激務をさせていいのだろうか。その小さな肩にこの国を背負わせるのは酷なのでは――。
 中身は…きっとユーリ陛下なのだろうけれど、その儚く可憐な佇まいが、どうしても庇ってやりたいだとか助けてやりたいだとか――そういう風な気持ちにさせる。
 この可愛らしい方の重荷を少しでも軽くしてやりたい。その清らかな花のようなかんばせが激務にやつれるようなことになったら…きっと私は自分を許せない。これまでだって国家と陛下の御為に一生懸命やってきたけれど。身を粉にして…例えこの身が全て粉末に挽き潰されてしまっても――あなた様の為に働かせて下さいっ女王陛下!
 心の中でそう固く誓いながら、今後の予定をごっそりと変更していった。
 聞かされた説明によると、やはり今回の変身はアニシナ様が噛んでいるとのこと。とりあえず今後三日は出来る限り人とは会わないということ――緊急を要する事案には相手によって調整する。どうやら眞魔国は三日間はこっそり女王を戴くらしい。

 それから一時間ほどして、至急陛下の認証が必要な書類がまわってきた。それ自体は日常的なことだが、今日に限っては妙に気持ちが浮き立つのは――やむを得ないことだとわかっていただきたい。
 書類をお持ちすると、陛下の前には大量の紙が積み上がっていた。午前の執務で裁くはずだったものだ。
 なんておいたわしいことに! 突然女性に変身されて、きっとまだ気持ちの整理もついてないであろう陛下に、いきなりこのような大量の決裁を押し付けるなど!
 宰相閣下と王佐閣下は何をしておられるのかと見れば、相変わらず深く皺を刻んだ方と、鼻栓の先から血が滴りそうになっておられる方の前にも同じような山が発生していた。巡らせれば、いつもそういうのには手を出されない護衛の閣下も何やら…陛下のものと寸分たがわぬサインを記されているのを見てしまって、慌てて逸らした。今のは忘れることにする。
「あぁ、畜生、イライラするっ」
 突然鈴を転がすような声音でぎょっとする台詞が聞こえて見れば。陛下が忌々しそうにご自分の指先を睨みつけておいでだった。
 美しく桜貝の色に染められた指先。が、その長く整えた爪では確かに書類は捲りにくいだろうと同情申し上げる。
 だけど、ちっとか舌打ちされるとちょっと悲しくもなる。
「あぁ、何?」
 陛下が私の手の中の物に気付いて下さって、サインを頂く。いつもの署名をして、たぶん、新しい吸い取り紙を取り出そうとなさったのだと思う。
「わっ」
 引き出しに伸ばされていた左手を、弾かれたように宙に浮かせて叫ぶ陛下。コンラート閣下が慌てて駆け寄る。
「どうされました?」
「つ、爪が飛んだ〜」
 床の上を探すと、生爪を剥がしたかのような片が落ちていて――。
「作り物だってわかってても…」
「ぞっとしますね――」
 お二人の会話で、いつも短く整えられている陛下の指先に化粧を施すために、どうやら作り物の爪を貼り付けられていたのだと知って、ほっとするが。
「こんなんで取れるんなら」
 おもむろに陛下はご自分の爪を毟り始められた。お止め下さいぃぃ!
 幸い閣下が止められて、女王陛下付きの侍女にちゃんと外して貰いましょう、と説得なさって――慌てて私はその連絡係を買って出た。

 あぁ、陛下にはご自分のお姿が見えないのだな、と気がついたのはその次に執務室に入った時だった。できた書類を回収に上がったのだ。あれから更に数時間が経っていた。
 ご自分のお姿が見えないから、執務に集中なさっている間につい忘れてしまわれるのだ。ご自分が女性であることを。
 そのお姿と涼やかな声を裏切って、陛下のお言葉はあくまでいつものまま――容赦ない。はぁ、今これとこれとこれを明日までに見直せとおっしゃいましたね?
「何か問題でも?」
 ひょい、と柳眉を上げる仕草もいつもの陛下であらせられますが――差し出がましいようだったがお願いしてみた。
「そのお姿でご自分を『おれ』と仰るのは如何なものかと」
 陛下は少し考えられて、ふっと花が綻ぶような笑みを浮かべられた。
「わかりました、善処いたしましょう。それではこれらの件はあなたにお願いしてよろしいですね?」
「はははははい!」
 退室際に執務机の一角に無造作に積まれた宝飾品に気がついた。
 この部屋に入られる時に陛下の身を飾っていた品々だ。繊細な銀細工の腕輪や宝石をちりばめた首飾り。耳飾りに至っては空豆程もあるダイヤモンドが煌めいている。
 私の生涯賃金よりきっと…と悲しくなるが。あぁ、だけどこの宝石類は陛下に何の価値も認めて貰えず邪魔者扱い。だけど私はこんなに陛下に重用されている…私を認めて下さる陛下のご期待に背くことないよう…がんばります。きっと今夜は家に帰れないですけど。いやいや、予算会議前に家に帰れない日が一週間続いたって…もう泣きごといいません。
 ついでに気がついたのは、午後一番、これらの宝飾品を身に付けてこちらにいらしたときの陛下の、どこか浮世離れした表情と、今の――顔かたちの違和こそあれ、いつもの引きずり込まれそうな魅力に満ちた表情。
 仕事をしているうちにご自分を取り戻されるだなんて――こんな上司の下で頑張れている自分を少し、褒めてやりたくなった。



 ユーリは固く強張った首を回す。長い一日を終えてようやくたどり着いた魔王の私室。
 なんだかいつも以上に肩が凝った気がする。
 やはりこれは筋力が落ちてしまったせいか。執務だって半日しかしていないわけだし――午前中はツェリ様に拉致されてまるまる潰れたのだから、と、この装いのせいかもしれないと思い直した。何の苦行かというくらいにあっちこっちを締め付けられている。日頃自分が着ている男物の衣服とは何かが根本から違うらしい。
 早く窮屈なコレから解放されて、顔にぺったり張り付いているような化粧も落としてしまいたい。
 身体に沿わすためにびっちりつけられたホックを根気よく外しながら、確かにこんな服は一人では着れないと、寄って集って着替えさせられた状況をうんざりと思い返す。明日はもうこれはヤメだ。身体に余ろうが、いつもの自分の服でいいと固く誓う。
 やっとドレスを脱ぎ棄ててほっとしたら、鏡の中に下着姿の女性が映ってぎょっとした。すぐに自分だと気がついたけれど。
 自らを見下ろすと、砂糖菓子をイメージさせる淡いピンクのレースと、そこから覗く柔らかそうな膨らみ。
 ツェリ様から貸して貰ったドレスは、自分が拷問のような肌の手入れだとか化粧をされている横で、侍女が必死に針を動かしてサイズを直していたが、流石に下着まではそんなわけもいかない。大至急で取り寄せられたのは誰の見立てなのか、呆けてしまうくらいファンシーな代物だった。
 繊細なレースをふんだんにあしらったそれを前にして、まず浮かんだのは疑問。下着とは決して人目に触れるものではないはずだ。なのに、どうして、ここまでの装飾が。
 まさか、万が一見えた時のことを想定して?――ではそのような場面に居合わせてしまったら素敵な下着ですね、だとか褒めなくてはいけないのか…いや、それもおかしいだろ…そんなことを半ば現実逃避的に考えている間にさっさと装着された。
 侍女の手によって自分だってまだ触ったことのなかったソレをむにゅっと脇から掴まれて、カップに収められるのを、ぼーっと見ていたけれど――思い返せば何か禁断の香りがしないでもない。男子禁制の花園を覗いてしまったようで今更ながらにドキドキする。
 そしてこれ――ユーリはそうっとレースから覗く肌に触れてみる。
 柔らかくたわんで揺れる。いい匂いとかしそうだ。レースに指を引っ掛けて覗き込むと、儚い朱鷺色の実が頂きを飾って。
「――っ!」
 ものすごくイケナイことをしている焦りに顔を上げると、何か喚いてしまいそうな口を覆った。
 こめかみがどくどく音を立てる。お揃いのレースで飾られた下履を見つめた。失われた筋肉の層の代わりに、ふんわりまろやかな曲線を纏って伸びる足。見慣れたものとはまるで違う造形。この淡いピンクのレースの下だって――。
 唾液を飲み下す音がやけに大きく響いた。
 ナニがないのは用足しに行った際に目にしていて、ああそうか、と割合淡々と受け止めていたわけだが。と、いうことはこの奥には、だ、な。
 誰に迷惑がかかるわけじゃない。自分の身体なわけだ。
 結び目をひとつ解いたなら、張力を失ってはらりと落ちて腿に引っかかる。片足を椅子に掛けた。身を屈めて――。
 カチャ、とノブが回る音がしてドアが開いた。
「うあっ!」
 突然の来訪者に飛び上がる。飛び上がりながら椅子から足を降ろしてそのまましゃがみ込む。無茶な動きを強いた足裏の筋が攣りそうになった。
「あっと、失礼、まだ着替え中でしたか」
 コンラートは反射的にドアを閉めようとして、が……不審げに眉を顰めた。
「何をなさっておいでですか」
 視線が痛い。
「い、いや、別に…何も…」
 あたふたと、そばに脱ぎ棄ててあったドレスを引き寄せて身体を隠した。これじゃあまるで浮気の現場に踏み込まれたみたいだ…。
 ぱたん、と後ろ手に閉める扉の音が響く。どうやら、もう独りにさせておく気は無いらしい。
 コンラートがため息をついた。深い失望を感じさせるそれにますます身のやり場を失くし――だけどそんなに軽蔑しなくてもいいじゃないか。自己防衛も相まって反発が沸き起こる。だいたい、自分の身体がどうなってしまったのか――知りたいと思うのは至って普通のことだろうっ。
 用意した言い訳を口に乗せようとしたら。
「さ、早く入浴を済ませておやすみなさい。慣れないことで今日はお疲れでしょうから」
 見なかったことにしてくれるというより、もっと空々しく。腕を取って立たせてくれるけれど、だけど。
 コンラートの指が、乱れて紅に張り付いていた髪を一筋払う。そのまま一瞬、留まって、だけど名残を惜しむように離れて行った。
 なんだ、この不自然な間は。
 じっと見上げると、コンラートの目がすいっと外される。
「夜着はいつもので――」
 侍女が揃えてくれてあったのを確かめるふりで一歩引いたのを、間髪入れずに詰めた。
「コンラッド」
 女声だって、小声で囁く分にはそこそこドスの利いたものになるらしい。
「…はい」
「なーんか、おかしいよな――まぁあんたのフェミニストぶりは知ってっから…――おれも女だし?それでチヤホヤしてくれんのかなぁーって思ってたけどさ」
 コンラートは気まずげに逸らした視線のままで。
「ユーリ、いつまでもそんな恰好でいないで――」
 確かに、女、なわりに下着すら脱げかかって、かろうじて脱いだドレスを胸元に押し当てている状態だけれど。
「うるさいよ。今更だろう。それにおれなんかよりもずーっとこんなの見慣れてんだろ」
 言ったら、コンラートが顔を顰めた。
「何開き直ってるんですか。それに――あなただからこそ困るんですよ」 
 は?
「何はともあれ、あなたは今女の子なんですから。相応の自覚を持って振舞って下さい」
 俺の夢を壊さないで、と浴室の方に押しやろうとするのをちょっと待て、と振り払った。
「何だソレ、俺の夢って」
 つーか、キモチワルくないのか? 女になってんだぞ? あ、女になってみょーにスースー気持ち悪いのは本人だけか。
「だって俺はあなたが好きで好きでしょうがないんですよ? そんな大好きなあなたの、こんなバリエーションを前にして嬉しくないはずがないじゃないですか」
 好きだ好きだと連呼されて居たたまれなくなるが、騙されてはいけない。
 なんだそれ。お気に入りの醸造元の蒸留酒、期間限定の特別ブレンドもちょっと目先が変わって好きですーとか、そういう…。
 なーんかずーっと対応がおかしいと思っていたら。
 馬鹿馬鹿しくって胡乱な目になる。
「はあ、そうか。おれが女になってパニクってる間もあんたはそうやって楽しんでいたわけか」
「まさか。そりゃ初めは俺も焦りましたよ。だけどまぁ、アニシナの仕業だと判ったあたりからは、ね?」
 良くも悪くも、血盟城の住人はこういう事態に免疫がつきすぎている。
「数日すれば戻るんですし――どうせだったらしばらくはこの状況を楽しんだ方が、精神衛生上もいいでしょ。ですからあなたもご自分で痴漢のまねごとなんてしてないで、ここは女性として…」
 てかやっぱりバレてた…。くそ。こうなりゃあんたも共犯だ。
「じゃさ、楽しめば?」
 身体を隠していたドレスを足元に落とした。
 えっ、とコンラートが焦って、かえってこっちが拍子抜ける。
「女の子バージョンのおれを抱ける貴重なチャンスなんじゃないのか」
 なんだ、それは考えていなかったのか。
「いや、さすがにそれを強いるのはあなたに酷かと…それにあなたの姿は庇護欲をそそるというか…あまりそういう欲で穢してはいけないような」
 なんだろ。なんかムカムカしてくる。
 いつもは穢したくなるような容姿ですいませんでしたねー。
 コンラートの胸倉を掴んで引き寄せた。いつもより随分高い位置にあってやりにくい。
「せっかくなんだからおれも楽しみたいよ。楽しませてくれるんだろう? それとも何か。おれ、ひとりでした方がいい? 鏡の前で足開いて」
 そう言ったら嫌そうに顔をしかめて観念した。
「…いえ…お相手させていただきます」
 なんだ、おれが自分の身体を見るのが、そんなにイヤなのか――微妙な嫉妬だな、そりゃ。

 コンラートの指が肩を滑って、肩紐を落としていった。そのあとを唇が辿って、胸元に降りてくる。レースのふちギリギリを吸われていると、ふいに胸を締め付けているのが緩んだ。抱きしめていた方の手で器用に後ろのホックを外したらしい。そうやってイタしてきた遠い過去が垣間見えてちょっとむっとする。
 感慨深そうなため息にそこをくすぐられて、こそばゆいのがそれも癪でコンラートの頭を殴った。
「馬鹿っ」
「すいません…ですが…」
「あー、わかったわかった…だからさっさとやれよ」
 悲しそうな顔をするのがわかっていて、わざと乱暴に言ってのけた。

 慣れた愛撫をされるのとは違った心もとなさは、羞恥にすり替わる。そんな自分の表情を目にして嬉しそうなコンラート。
 ――まぁいいか。楽しそうだしな。
 そんなことでも考えてなければ、あられもない声を振りまきそうで。自分であって自分より随分高くて、わかっていてもぎょっとする。慣れない。
 伸びあがってコンラートがキスをしてくる。引き結んだ唇を舐める仕草に、そんな躊躇いも見透かされているのを知る。
 足の間、本来男性器がある個所を、指先で押しつぶされ揺らすように振動を与えられていると、腰の奥に覚えのある感覚が湧く。こんな繊細な実がくすぐられるだけでなんで、と怖くなるほどに、身体中が熱くなって重く痺れる。
 重ねた相手の口の中に声を零す。
 指一本で追い上げられるのが屈辱だとか思う反面、弄られる様相に煽られもする。
 苦しい息により追い詰められ。射精出来ない身体でどうやって膨れあがった熱を吐きだすのかと、朦朧とし始めた頭に浮かぶと、とたんに怖くなった。
 恋人に助けを求めようと、腕を掴んで引きはがそうとしたら、より深く抱き込まれ、名を呼びたい口も深く犯される。
「ん…っ!」
 恐怖にかられて掴んだ二の腕に力を込めても、女性の力なんてしれているのかびくともしない。よりきつく擦られて、膨張しきった官能が――。
 コンラートの下に抑え込まれた身体が跳ね上がる。暴発した熱が中を駆け巡る。
 じんと痺れきった体中の細胞がその熱を受け止め、溶かしこむ――そんな錯覚をしながらびくびく痙攣する。
 随分長い間ぼうっとしていたかもしれない。でもひょっとしたらすぐのことだったのかも。外に吐き出すことのできない熱を引き受けた肉体はまだ重くだるい。
 目元を緩めるコンラートが、汗に張り付いた髪を梳きあげていた。晒した顔に唇を押し当ててくる。
 ――阿呆。
 すっかり猛って当たっていた雄を腿の間に挟み込んだ。つるりと滑る感触に、ああ、と納得した。
 さっきクリトリスをなぶられている時にだって水音が立つくらい、勝手に濡れる身体なのだ。便利だなぁ。
「俺は硬いあなたの身体を、指一本から馴染ませて潤ませていく手順も好きですよ」
 何も口に出してはいないのに、聡い男はそんなことを嬉しそうに囁いてくるから、脇腹に拳を入れておいた。
 初めてコンラートと身体を繋げた時よりは絶対楽なはずだ。本来そういう為の器官なのだから。勝手に濡れて、柔らかくなる身体。自然な行為に傷つく恐れもない。何より、自分はコンラートの受け入れ方をよく知っている。
 ゆっくり息を吐いて、余分な力を抜く。ソコが開いて飲み込むのをイメージする。
 慎重すぎるほどの緩慢さで押し当てられた熱が分け入ってくる。
 いつもとは違う個所を押し開かれる気味悪さを、息を吐いて追い出す。ゆっくりゆっくりぬるぬると入って来られて喉の奥が引き攣る。我慢がならなくなった頃に、やっとコンラートの吐息を聞いた。
「大丈夫ですか? 痛くない?」
 響かないように僅かに頷く。痛いのは痛いがそれよりも気持ち悪い。変なところを押されている気がして。本来はこう、なはずなのに、強烈に身体は違和感を訴えている。
「大丈夫。…動いて」
 で、さっさと終わってくれ。身も蓋もないことながら、正直、そんな気持ちだった。

 穿たれ、揺すぶられて息が上がる。そして、やっぱり、そんな状況で放っておかれる後ろが。
 もどかしくって腰を揺らしても、コンラートを受け止めている女の部分が圧迫されるだけで。
 苦しいばかりでまだ官能を感じられないそこから出て行って、いつものように愛されたいと。そんなことばかり考えてしまう。
 いつものあそこを暴いて欲しい。思いっきり突き込んで、掻き混ぜて…与えて貰えない切なさに気が狂いそうになる。引き摺られるように痙攣している、空洞のそこが――。
 わずかな躊躇いには目を瞑った。後ろ手に伸ばせば、前から滴る体液でぬめってさえいる。指にぬめりを絡めて沈めたら、待ち焦がれていたそこはつるりと呑み込んで纏わりつく。
 コンラートが咎めるみたいな視線を寄越したのがわかったけれど、構うものかと目を閉じた。
 指を小刻みに揺らして刺激すると、きゅうっと締め付ける。つられたヴァギナも収縮してコンラートの形をまざまざと感じてしまった。
「あんっ…」
 思わず漏れた甘い声は自分のものではなくって。まるで他人の情事を覗き見しているような気になる。目に焼き付いている、乳房を揉みしだく様だってそうだ。
 内壁を辿って探る。いつもされていいところを。
 襞を引っ掻くようにして広げ、指の数を増やす。広げられた後孔と反比例するように前がきつくなったけれど、その苦しさよりもイイのが勝る。
 うっとり耽って快感を追っていたら、ふいにコンラートが低く呻いた。堪らないようにユーリの身体を掻き抱く。ぎゅっと密着して、より深いところを抉られた。それからずるずると引き抜いて、また再び。
 とたんに背を震えが駆け上がる。
 指を差し入れたままの腕を身体の下に敷いて、痛みを感じたけれど、それよりも。指先は、圧迫され狭くなたソコで、薄い肉を隔てて蠢くコンラートを知覚した。膣と直腸を隔てる壁が両方から自分をなぶるのを感じて。
「ああ!」
 瞑った瞼の裏が真っ白になる。足も腕もびりびり痺れて力を失う。
 自分を穿った右手だけは自制を離れて内壁を擦り続けた。そしてコンラートが当たるたびに悲鳴が迸る。
 前も後も、自分を犯しているそれらを吸い上げるかのように蠕動していて、それを振り切るかのようにコンラートが激しく抽挿を繰り返す。自分の快楽だけを追求するかのような荒々しさだったが、初めて男を迎え入れたはずのそこは、すでにそれさえ受け止めて震えるようになっていた。
 不意にぎゅっと胸の頂き、赤い実を抓られた。
 感覚が直結した性器が強く締まり、嬌声すら喉の奥に凍りつく。強張った身体に2、3度押し込むようにして、それを最後にずるりと抜け出た。
「あ…」
 張り詰めていたものを急に失って、失望じみた声を洩らすユーリの腹に生暖かいものが零れた。
 失くしたのは性器だけじゃない。自分を抱きしめていた腕だとか、ぴったり重なり合っていた体温もだ。
 突き放されたようにも感じて、ゆるくなっていた涙腺が過剰に反応する。
「…なん…で」
 荒く息を吐く、けだるさを混ぜた顔が寄せられる。凶暴さと艶が浮かぶ瞳にのぞき込まれて身じろいだら、張力を破って涙の粒が転がり落ちた。
 てろりとそれを舐めとって。
「だってあなたを妊娠させるわけにはいかないでしょう? するのかどうかわからないですけど。万一ということもありますし」
 ……妊娠? 思ってもみなかった言葉にちょっと面食らって。しかし。
 不自然な交わりに耽ってきたせいですっかり失念しているけれど、本来は生殖のための行為だ。男女がいたせばそういうことも――。
「はぁ、ソツのないことで…」
 ふいに、コンラートはベラールの血を継ぐ最後の一人なのだと思い出した。
 とうに滅ぼされた王家の血にどれほどの価値があるのかわからなかったけれど、それを彼で途絶えさせることを強いる権利が自分にあるのかもわからない。
 身体の中で渦巻いていた熱が、すうっと冷えていく。かわりに腹の中に重い石を呑み込んだような――。
「ユーリ?」
 コンラートが目のふちをゆるく擦る。
「すっかり化粧が崩れてしまった…――このだれた感じもいかがわしくって」
 ――素敵ですけど。耳の中に囁きと舌が差し入れられる。
 腹を汚すのは、自分のではない精液。恐ろしくなって、引きずり出した敷布の端で拭いとった。
「今度は後ろでしてよ。中に出して」

 皺くちゃになった敷布の真ん中に、ぽつりと赤い染みがあった。
 もし、自分が本当に女ならば。コンラートの子を宿し、産みだす性だったなら…。
 だるい身体を引き起こして、思いきるように溜息を吐いた。
「そんときゃアニシナさんにでも相談すっかな」
 わざと軽く呟いて、くしゃりと髪を掻きあげた。
 風呂の支度を整えたコンラートが戻ってくる。
 ユーリは敷布を引き剥がすとそれを身体に巻きつけた。
「連れてって」
 両腕を差し出すと、おや、と意外な顔をして、それでも嬉しそうにする。
 いつもより軽やかに抱きあげられて、しがみついた首筋に擦りついた。
「いつもなら嫌がるのに」
「あんたの夢なんだろ――サービス」
 女の子の声が甘えたように言う。
 罪滅ぼしだ、と思う。あんたを手放せないおれの…せめてもの、な。
 例えでなく『せめてもの』だったのは、風呂場で調子に乗ったコンラートを鉄拳制裁することで証明してしまった。…本当にあの馬鹿は聡くって嫌だ。


End


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