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『セックスをしないと出られない部屋』から無事脱出しました

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 とりあえずあの部屋は閉鎖させた。嫁入り前の娘さんとかがうっかり閉じ込められでもしたら大変だ。
 そう考えれば、捕まったのが自分とコンラートでよかったのか。お互い悪い夢でも見たんだと、無かったことにしてしまえるだけの信頼関係が自分たちにはある。
 ユーリはそばの机で書類をより分ける護衛を眺めつつ、手にしていたペンをくるりと回した。
 目の前には昨日中に処理してしまうはずだった文書。昨日は午後一杯を潰してしまったせいで、「早急に」と事務官に念を押されているものだ。
 しかしまあ半日ばかりで出てこれたのだから、側近たちはおれらの英断に感謝しないといけないよな、とユーリは思う。
 褒めて貰ったっていいところなのに、事情を説明する訳にもいかず。結局、昼寝でもしていたんだろうと叱られてしまった。
 当初、昼寝を目論んでいたことは否定しないけれど。それでも二時間もしないうちに出ていくつもりだったのだ。
 ユーリの目的は気の進まない謁見を回避することだった。普段使われていない城のはずれの迎賓棟の一室に身を隠してやり過ごすつもりで。
 それが何故だかあのようなことに。



 激情が過ぎ去り、それまでままならなかった呼吸が落ち着いてきたころ。
 わずかな風の流れにユーリは目を向けた。すると先程は塗り固められたかのようにびくともしなかったはずの扉が、細く隙間を作っていた。
 まだユーリに覆いかぶさったままの肩を叩けば、コンラートもそちらを一瞥して。ユーリに回した腕にぐっと力を籠めると長い溜息をついた。首筋にかかるそれは安堵のというよりは甘ったるくて、案外可愛らしいところがあるものだと微笑ましく思ったが。
「ホントに出られるんだな…」
『セックスをしなければ部屋からは出られません』
 ベッドサイドにあった二つ折りのカードがあるかないかの風に揺れた。非常識で一方的な通告だったが、約束は守られるらしい。
 とはいえ、カーテンを透かして差し込む光は弱々しく、日暮れが近いことが気になった。こんなに長い時間姿をくらませる気はなかったのだ。
 気の急くままコンラートの下から這い出そうとすると、なだめるように髪を撫でられた。ひょっとしたらいかがわしい具合に乱れていたのかもしれないけど。
 解放されたのに、まだ、そんな甘い仕草。いぶかしむユーリの視線に気が付いたのか、コンラートはいえ、と首を振って先に寝台から降りた。足元に散る衣服を拾い上げてユーリに手渡す。
 ユーリはコンラートがご婦人方にウケるわけが分かった気がした。
 こういう『隙』だ。あのウェラー卿の見せる、甘い『隙』。しかも、きっと、こういう事後とかにしか見れないやつ。
 あなたとひと時を過ごして、まだ戻って来れません、的な演出。いや、演出じゃないんだろう。おれにまで披露してるくらいだから。無意識? 天然? ひょっとしてこれが、種族を超えてツェリ様を落とした伝説の色男っていう父ちゃんの遺伝子かっ?!
 うわー。参考になります!――とはいえ、自分にわざとらしくならずにこういう再現ができるとは思えないが。
 ユーリは長い付き合いになる護衛の、知らなかった一面を知ることができたと、なんだかとても愉快な気持ちになった。



 一通り目を通した文書にサインを入れてコンラートに手渡す。あとはこの通りに王佐が采配してくれるだろう。
 王佐と言えば。
「昨日はギュンターに悪いことしたな」
 魔王が断りづらい謁見は、王佐にはもっと断りづらかったはずで。わかって逃げたんだけど。
 今は執務室に二人しか居ないの良いことに呟けば。
「頬に感謝の口づけのひとつもして差し上げれば、何だってやってくれるんじゃないかな」
 コンラートがやや無神経とも言える返しをした。いや、わざとか。
「突っかかってくるね」
「気に障られたならお許しを」
 コンラートがらしくない仕草でこうべを垂れる。ほら。
「何、おれ、なんか間違った? あんたを怒らせるようなことした?」
 ひどいトラブルに巻き込んで悪かったとか、男なんか抱かせて申し訳なかったとか、まさかそういう謝罪を要求されているんだろうか。
「昨日の今日でおれの顔を見ていて気分が悪くなるんだったら、しばらく休みとってくれたら良いよ」
 コンラートに限ってそんなことは言わないだろうと安心しきっていた自分は、彼に甘えすぎていたのか。
「まさか。そんなんじゃないですよ」
 コンラートは小さく笑った。苦しそうに。
 そしてたぶん、ユーリの緊張をくみ取ったらしく、今度は困ったな、と天井を見上げた。
 彼にしては珍しいことにしばらくそうして躊躇って。やがて意を決したようにため息交じりに吐き出した。
「俺はあなたみたいに割り切れていないんです。むしろ引き摺りまくっています」
 え。
 コンラートは手すさびのように繰っていた書類を脇に置いた。
「これまで蓋をしてきた感情をこじ開けられて。それで何もなかったことにするのは。俺には――無理だ」
 銀の虹彩がいつもに増してキラキラしているような瞳に、真っ直ぐに見つめられて。コンラートにそのつもりは無いのだろうが、ユーリには責められている気しかしない。
「でも、そんなの今更だろう」
「今更何です? 何も手遅れじゃない」
「おれら男同士で」
 鼻であしらわれて思い出す。ええ、まったく問題ありませんでしたね!
「これで何かが変わるんじゃないかと思ったんです」
 コンラートが執務机を回り込み、それに向かい合うようにユーリは椅子の上で身をよじった。
 あと少しで捕まる距離だ。まさかユーリに逃げるつもりなんてあるはずがない。何しろ、相手はコンラートなのだから。
「あんたは変えたいのか? おれは何も変えたくない。おれたち、今までうまくやってきたんじゃないのか? おれはこのバランスを壊したくない」
 おれをこれ以上甘やかさないでくれ。ユーリの言葉には懇願すら混じっていたかもしれない。だがコンラートは困ったように首をかしげるだけで。さらに一歩近づいたコンラートが手を伸ばす。親指の腹で下唇をなぞられて、昨日で覚えてしまったらしいユーリの身体は勝手にざわめき出す。
「…もうここに色恋なんて必要ないだろ」
 信じられる相手に身をゆだねる安寧。自分が駄目になってしまうような不安すら甘さに変わる。混ざり合いたいと細胞レベルで騒ぐ。
「必要じゃないかもしれないですけど、排除することもないと思います」
 そう、一度知ってしまったそれを拒むなんて、出来そうにない。
 唇を開いて指の先にキスをする。
「破局したらどうすんだ。気まずいったらないぞ」
「素面であんなセックスしといて、それをすっかり無かったことにしてしまえるようなあなたがそれを仰る。あなたは為政者としてはこの上なく立派に成長されましたが――」
 言葉を飲み込むコンラートにユーリの見上げる視線が険しくなった。
「何だよ」
「いえ。臣下としては喜ばしい限りです」
「臣下? これが臣下の距離かな」
 コンラートの笑った形の唇が、そのままユーリのそれに重なった。
 思えば、もうずっと前から、ひとりで立つことなんて出来てなかったのかもしれない。護衛なんて呼び方で誤魔化していたけれど、いつだってコンラートはユーリを寄り掛からせてくれていた。
 心が通じて初めての口づけが、らしくなく長くなったのは、経緯を思えば無理からぬこと。これ以上はここではさすがによろしくないと、肩を押して切り上げたはいいが、ユーリも舞い上がっていたらしい。
「これからもよろしく。おれの…恋人殿」
 コンラートの「こちらこそ」の返事は耳の下へのキスと共に。
 ユーリがわずかに躊躇ったのは『恋人』じゃなくてこれはひょっとして『王配』でもいいんじゃないかと思ったからだが。また割り切りすぎるとか叱られそうだったので止めておいた。
 自分に情緒が足りていないのは、わかっている。これでも、ちょっとは、自覚している。


End


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