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いっぽ、にほ、さんぽ

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 すこしの間、ひとりになりたくて。会議室からの帰りすがら、きざはしを庭へと降りた。朝方の雨のせいで所々に水が溜まっていたけれど、石畳の小道はそぞろ歩くのに不自由しない。
 次官たちは帰してしまったが、少し離れて衛兵は付いてきているはずで、だがユーリの心もちを慮ってか、距離を置いてくれていた。
 こういう時に素知らぬ顔でくっついてくるのはあいつくらいだ。と、今日は別の仕事で出払っている専属護衛の顔を思い浮かべる。
 雨上がりの秋の庭は、しっとりとユーリを迎えてくれる。空はまだ雲に遮られているが、それでもほの白く明るい。
 みずみずしい大気の中を歩んでいると、さっきまでの折衝に熱した頭が徐々に冷めていく。
 ただただ歩むという行為は、考えをまとめるのに丁度いい。
 一歩一歩足を動かすだけでちゃんと風景が変わっていく。着実に前に進む。結果がわかりやすく、手軽に達成感が得られるのがいい。
 会議で合意を得られた点と否認された事項。並べ挙げて、打開策を探す。紫色の小花が揺れる一画を抜けて、もう少し背丈のある生垣の間をゆく。思考が行き詰ろうとも次々変わる植栽に引っ張られるように、また次の思索が始まる。
 だからといってすぐに画期的な解決案が閃くわけではなかったけれども、癇癪を起して全てを投げ出してしまいたくなっていた気持ちは、いつの間にやら宥められていた。
 ざっと木々を揺らす風に、ふいに肌寒さを覚えて振り返った。ユーリが歩いてきた石敷の小道は、緩い弧を描いて低い灌木の向こうに消えていく。そこに誰の姿もないことを、少し寂しく感じた。そうだった、今日はあいつは居ないのだったと思い出す。
 ユーリが口に出して控えてくれと言わない限り、当たり前のように着いてくる。気が利かないわけじゃないから、わざと気付かないふりをしているのか。
 実は、それがコンラートなら、ユーリは気にならない。今みたいに不在を忘れて、当然着いてきているものだと思い込むくらいには。彼にぴったり守られることがこんなにも身に染み着いているのに。
 一番近くにいる空気みたいな存在。あまりにも長い間そんな状態で、黙ってても大抵のことは解り合えるようになっていた。なのに自分は、そのコンラートの気持ちに気が付かないなんてなぁ。
 そっと帳を捲る様に雲の切れ間から光が差す。草木の纏った水滴が水晶のようにきらめきはじめる。
 神々しいまでの光景に、ユーリは乱暴に髪を掻きあげた。胸の奥がひたりと冷たく感じて、踵を返す。あるはずのものがない心許無さは、どうも気持ちを弱くしていけない。
 夕食までには呼び戻す理由をつらつら考えながら、ユーリは小道を引き返す。来る時より早い足取りになっていることなど、気がつかないままで。


End


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