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シンデレラ

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 夢を見ながら、あ、これは夢だな、と自覚があることってある。現実味の薄い夢であるほど、ありがちだろう。
 その時も、自分は夢を見ているのだとわかっていた。なぜなら自分はシンデレラだからだ。
「というわけで、今夜陛下に結婚相手を決めて頂くべく舞踏会を開きます」
 さらりと告げた王佐にユーリは待ったをかけた。
「えっ。へーかって、おれシンデレラなんだろ?」
「はい」
 当然陛下は主役ですから、と王佐はにっこり肯定する。
「シンデレラは舞踏会に参戦する方じゃないの? 継母に虐められる薄幸の美少女が玉の輿、って話だろ――つーか、シンデレラって女の子の役じゃんっ、どっちかって―とおれは王子…」
「まぁゆーちゃんっ、ママがそんな継子苛めするとでも思っていたのっ?! 例えゆーちゃんがママの本当の子じゃなくったって、ママはしょーちゃんとゆーちゃん分け隔てなく目一杯愛情を注ぐはずよ?」
 現れたのは美子だった。腕に空色のふわふわした大量の布を抱えている。
「おふくろ…――てかたまに夢に出てきたかと思えばどういうシチュなんだよ…」
 もう随分前に鬼籍に入った母親が、ユーリの記憶で一番懐かしい姿で現れて。どうせ夢で逢えるならもっとマシな夢で話したかったとしんみりすると、美子がばさっと空色の塊を広げてみせた。
「さぁ、こんな時のために用意してあったのよ。舞踏会に着ていくドレスが無いわ…なんて言わせなくってよ」
 案の定というか何と言うか。ふんわりパフスリーブと幾重にも重ねられたスカートが愛らしい女性用のドレスを突き付けられる。
「しょーちゃんのお古なんかじゃないわよ? 正真正銘ゆーちゃんの為に作ったの」
 お古であってたまるかっ うっかり想像しそうになった兄の姿に大きくばってんをつけて、それでも悪気の欠片もなく純粋な愛情から来ているらしい母親を傷つけないよう、ユーリは必死に断りの言葉をひねり出す。
「ほら、おれ今年で百十八になったんだよ…もういい大人だしさ…そーゆーのが可愛いのは幼稚園に上がるまでっていうか…」
 いやな汗を掻きながら必死に押し戻しす。
 それもそうね…と美子が頷いた。しげしげと成長した息子の姿を見遣って。
「こんなに綺麗に育っちゃって…――大丈夫。ちゃんと大人のサイズで作ってあるから!」
「…いえ本当にヤメテください…おれがやってもサムいだけですから…」
 がっくりうなだれたまま、それでもこれは譲れないとブツブツ反論していると。
 変なつば広のとんがり帽をかぶった村田が現れた。
「せっかくの美子さんのキモチを無下にするなんて、渋谷は我儘さんだなぁ」
 普通にしていればいかにも切れ者の怜悧な顔立ちなのに、人を喰ったような出で立ちと笑顔で。
 ユーリはうっと言葉に詰まる。せっかく夢で逢えた懐かしい母親に、夢であろうとも逆らうのは正直、かなりきついものがあったのだ。だからといって…いやしかし…ここは親孝行だと思って我慢すべきなのか…所詮は夢だし…。
「だけど渋谷もお年頃だしねっ。どうぞ美子さん、僕に任せて下さい。渋谷をどこのパーティーに出しても恥ずかしくない、皆の視線とハートを釘付けにする素敵な夜会服に変身させますから!」
「ありがとう村田っ」
 さすがはおれの大賢者っ。ユーリはがしっと親友と手を握り合った。
 美子も信頼のおける(元)優等生の言葉に「そうね、じゃあここは健ちゃんにお願いしちゃおうかしら」と期待に目をキラキラさせている。
「アーブラカタブラーゆーちゃんを素敵に夜会服に変身させちゃえっ」
「ちゃえって何だよ、ちゃえって…」
 ぼふっと黒い煙が湧きおこって――双黒だから黒なのか…もっとパステルカラーの方が良い魔法使いっぽくて…良い魔法使い?…悪い魔法使…っ。
 つらつらと馬鹿なことを考えているうちに煙は晴れて、さっと用意された鏡に映り込んだ自分の姿に脱力する。
「むーーーらーーーたーーー」
「よくお似合いですよぉ」
 良いのか悪いのかは保留の魔法使いは、にっこりどっかの店員のようなセリフを上らせて。
「まぁ素敵〜♪ やっぱりクールビューティーなゆーちゃんには可愛い系よりこっちねーっ。健ちゃんすごーい、天才ー」
「べいがーっっ…」
 ギャラリーは大興奮。
「どういたしましてぇ。あ、フォンクライスト卿、あんまり近づいて汚さないでよ」
「村田っっ!!」
 ユーリは友の手を引っ掴んで部屋の隅まで引っ張っていく。
「これはどういうことだよっ!」
 これっ、と深い光沢を放つ黒絹の長い裾を摘み上げて。
「え、ドレスだけど」
「じゃねーだろ! 夜会服って言っただろっ」
「誰も男性用のって言ってないしー…だって僕だけ君の女装姿見れてないんだよ?」
 ちらりと恨みがましい視線を投げられる。
 先日、ちょっとしたアニシナがらみでユーリの身が女性化する事件があったのだが、そんなもの晒したいはずがあるわけもなく。眞王廟の方へすら情報を止めたのだった。
「噂を聞きつけて駆けつけてみれば、もう君はすっかり元に戻ってたしさー」
 心底残念そうな村田。
「見たいか?そんなもん」
「見たい」
 あっさり断言されて余計にへこむ。
「だって聞いたよー、すっごい美女っぷりだったそうじゃないかー。みんなメロメロになって君を巡って血を血で洗う闘争が――」
「ナイナイナイ。――だったら、ほら、見ろ、どうだ満足か? さ、早く元に戻してくれ」
 ドレープが覆う真っ平らな胸をパフパフ叩いて迫ると、村田は残念だと首を振る。
「キレーはキレーだけど、やっぱ女装にしかならないねー。女体の時は凄かったんだろー。惜しいことしたなぁ」
「だったらもう戻してくれよぉ」
「だめー。僕を除け者にした罰ゲーム」
「…信じらんねー…」
「もう、ゆーちゃんいつまでそんな隅っこで内緒話してるのっ。早くこれ履いてみてよ」
 美子に呼ばれてフラフラ戻れば、そこに用意されていたのはシンデレラのマストアイテム・ガラスの靴。
「…おれが選ぶ方なら要らないでしょ、こういうくだりは」
 ぼやきながら、それでも毒食らわば皿まで、母親も喜んでるしもういいかぁ所詮夢だしなぁははっ…と足を入れてみて。
「痛いよ。ガラスって靴向きじゃないよね?」
 それでも美子には言えず傍らの大賢者に訴えると。
「大丈夫、アニシナさん特製強化ガラス製だから。走っても転んでも割れませーん」
「転ぶ前提かよ。いや、強度じゃなくておれの足に優しくない」
「だからこそ『あん、足が…』『あぁこれは酷い靴ずれだ』 よいしょっ――というイベントが発生するんだろ?」
 よいしょっ、と村田は何かを抱えあげる仕草をして見せた。
 ぴくぴくとユーリの頬が震える。
「おい、おまえ…この年になってこんなカッコさせられて、衆人の前でお姫様抱っこされる男の気持がわかるかっ?! おいっ、わかんねーだろっ?」
「泣くなよ、渋谷。所詮、夢、だろ?」
 …おまえまで夢とかいうなっ。



 大体、はい今夜舞踏会開きます、つーのからして無茶だろ。ユーリは思う。担当者や厨房係が目を血走らせている姿を想像して思わずくすりと笑ったら、会場がおおっとどよめいて、慌てて顔を取り繕う。
 何だか今日は注目度がいつも以上らしい。夢なんだからこんなとこくらい楽させてくれ、と考えて、いやしかし主役なんだから無理か、と諦めた。
 ユーリは血盟城大広間の玉座にいた。ハリウッド女優かギリシャの女神かというような黒いドレス姿、足にはガラスの靴で。
 そしてさっきから入れ替わり立ち替わり、こちらも緊急招集にかかわらずパリッと決めた花婿候補たちが是非自分と一曲踊って欲しいと願い出て、ユーリはその度に首を横に振っている。
 つか、なんで男ばっか?
 更に見渡せば会場には男しか居なくてげんなりする。いくら自分がコンラートと半ば公認の間柄だとはいえ、決して男が好きなわけではないと、声を大にして言いたいところだ。
 そう言えばあいつは何処へ行ったんだろうかと、ユーリはまだ会っていないコンラートを探した。
 すると、夢らしく次に目の前に現れたのはヴォルフラムだった。
「…惜しい、ニアピン」
「なんだそれは。男か?」
 キラッキラの美少年がキラッキラの美青年になってキラッキラの大人の男になった三男が。
「ユーリ、僕が一曲踊ってやる」
 彫像のような顔立ちを、後ろでゆるく束ねた金の髪に縁取らせて、甘く微笑んでいた。
「だいたい、コンラートに飽きたらな飽きたと先に言え。僕はいつだって復縁してやれる用意があるんだぞ」
 王宮の女性たちがキャーキャー騒ぐエメラルドの瞳がきらめく。
「あはははははは〜…」
 ふん、男を見る目がなさすぎるぞ。このへなちょこめ、とヴォルフラムが退場して、その捨て台詞に遠い目でたそがれていると、当の本人が現れた。
 白い礼服のコンラートが、胸に手をやって優雅に腰を屈める。
「陛下、おれと踊って頂けませ――」
「はいっ喜んでっ」
 居酒屋のバイトのごとく景気良く返事をすると、ユーリは蹴り上げる勢いでドレスの裾を捌いて玉座を降りる。
 さっさと花婿――でもなんでもいい、つがいを見つけてエンドマークを付けてしまいたい。ゴールはもうすぐだ、頑張れおれ。と、はっと気がついて、ユーリはごそごそガラスの靴を脱ぐ。 
 ぺたぺた裸足でコンラートの前に立って、男性パートしか踊れねーからな、とさっさとポジションを取ってしまう。そんなわけないでしょ百年もやってらして、と強引に腰を抱かれてパートを奪われて。
「ところで、なんで靴脱ぐんですか」
 もっともな問いを。
「だってあんた、おれの名前知ってんだろ、名付け親?」
「はい」
「住んでるところは?」
「もちろん。警備責任者ですから。――あなたが俺のところに泊まりにいらっしゃるのは週三日迄と決めていらっしゃるようなので、今週はもうご自分の寝室でお休みだろうということも予測済みです」
「――…あぁそう…。いや、だったらいいじゃん。別に遺留品手がかりに探し回る必要無いだろ」
「いえ、ですがあれがないとこの先のイベントが…」
 やってたまるかっ。
 音楽が始まって踊り出す。とにかくもうあの靴を忘れていくくだりがないならゴールは目の前だ。十二時まで踊っている必要だってない。巻いていくぞ、とユーリはコンラートに囁いた。
「逃げっぞ」
「裸足で?」
「…かかえなくていいから」 
 互いに男性パートを奪いあいながら徐々に出口を目指す。
「ちくしょっドレスの裾が邪魔っ」
「だから俺にリードされていればいいでしょう」
「やだ」
 小競り合いをしつつ音楽の終了と共に広間を飛び出す。
「どちらへ?」
「あんたの部屋!」
 言ったことはなかったのにすっかり見通されていた法則が悔しくって、駈け出しながら叫ぶ。
 隙を狙ってくるコンラートの手をばちんと叩いて、長いスカートの裾をからげて全速力だ。
 廊下を抜け、階段を二段飛びで駆けあがって、足の裏を摩擦で熱くしながら角を曲がる。すぐ後ろをついてくるコンラートの靴音を確かめながら走る。とんだロードワークだと、目指す部屋の扉をバタンと開けて二人して転がり込んだその部屋。
 慌てて鍵を下ろして背を扉に預けて外を窺うも、追ってくる気配はなく、ほっと胸をなでおろす。
 勝った! こぶしを握って感涙にむせんでいたら。
「このシンデレラは随分大胆ですね」
 と、コンラートに顎を取られた。
 え、と目を上げたら、キケンな感じに彼は微笑みかけていて、扉についた腕に囲いこまれていた。
「速攻お持ち帰りだなんて」
 思わせぶりに親指の腹で唇を撫でながら、耳元にそんな囁きを落とす。ついでにキスも、その下に。
「…え」
 別にそういうつもりじゃ、とか。取り敢えずあの居たたまれない場がイヤだったとか。――まぁいっか。そんなことわざわざ言わなくったって。悪夢からは脱せたみたいだし、と。
 するりとユーリはコンラートの身体に腕をまわした。
「いーじゃん、これでハッピーエンドだろ?」
「はい」
 コンラートの口づけが降ってくる。自分が裸足になった分、いつもより少しだけ高いところから。
 ボーンと柱時計の鐘の音のようなのが遠くで鳴り始める。ふたつ…みっつ…
 あぁ、約束の十二時か、だけど随分筋変えちゃったからもう関係無いよなー、と、口腔内を探られる心地にうっとりしていたら。
 ぼふっと突如、黒い煙が湧きおこって。
「うぅ…けほっ…な、なんだ」
 思いっきり吸い込んだ煙にむせていたら、コンラートのからかう声がした。
「本当にせっかちなんだから」
 絡む視線を追えば。
「――っ!」
 その身を覆うのは、心もとない下着一枚という自分が居た。
「そんなに待ち切れない?」
 揶揄する口調とつつとなぞり降ろされた指先に身がすくむ。
 つーか村田っ! おれ、はじめに服着てたよなあっ!!



 自分の喚く声にやっと目が覚めた。
 あー、くたびれた…と脱力して。なんであんな夢を見たのかと思えば、思い当たる節にますますがっくりくる。
 昨夜は脱がせろと言ったのに聞き入れてもらえず、着衣のままで抱かれた。
 下衣をずり下げただけという即物的かつ卑猥な交接に、文句たらたらながら感じまくったのは確かだ。だけど、やっぱり。肌を触れ合わさない情交はひどくもどかしくて――
 そんなに心残りだったのか、おれ…思わず遠い目になって…ぶんぶんとかぶりを振った。
 夢だ夢っ。忘れちまえ!
 ――あれが自分の潜在意識だなんて…イヤすぎるっ!


End


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