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真空パック

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 掌を滑らせていたコンラートの背中が不自然に震えた。それが何を意味するのか、まだ見当もつかない段階で、しかしユーリは嫌な予感を覚える。
 知らず息を詰めるのを、再びキスに宥められていると微かなノックが響いた。離れていく唇を追いかけるように吐息が洩れる。これか、と諦めじみた納得をした。伝令が魔王の私室の外まで駆けつけたのを、気配に敏いこの男は察したのだろう。
 身体中全ての力が抜けるような遣り切れなさを押しのけて応えると、寝室の扉のすぐ外まで進む気配があって魔王の眠りを妨げる無礼を詫びた。
 報告を聞いて起き出す覚悟を決めたら、目の前に真新しいシャツを差し出される。手渡す男は既に上着を残すだけになっていて、今更ながら出動の早さに舌を巻く。軍人とは凄いもんだと感心しながらも、その切り替えの早さにうすら寒い気持ちを覚えるのも確か。
 何かあれば時間に係わらず起こせ、と厳命したのはユーリ本人だ。遠慮が先に立って情報がもたらされないことの方がよほど恐ろしい。ましてや恋人とよろしくやっていて対応が遅れるなんて、きっと翌朝死にたくなるだろうから、邪魔が入ったことに腹をたてることはない。
 だから、吐きたくなる溜息はそのことによりも、いっそ冷たい恋人の態度にだ。
 コンラートはユーリの後ろから上着を羽織らせると、髪を手櫛で整える。縺れるまでには至っていないだろうから、それで十分なんだろう。
「あっさりしたもんだな」
「そんなこともないですよ」
 引き留められても面倒だが、まったく名残を惜しんで貰えないというのも寂しいものだ。
 ボタンを留め終える前に靴が揃えられた。屈んだ低い位置からコンラートが顔も上げずに言う。
「俺の未練はあなたのためにならないと思って」
 どうだか――返事は肩をすくめるに留めて、用意された靴に足を差し入れた。
 だけど不自然に一度も顔を合わせないことに気がつけば、まんざら出まかせだけでもないらしい。
 剣帯を着ける横顔は無感情で、魔王の職責を誰よりも近くで知るからこそ、気安いことは出来ないのだと――言っているような気がした。
 同じ連絡を受けているだろう宰相や王佐に後れをとることのない時間で身支度を整え、寝室を後にする。扉を閉める音が、つい先ほどまであったはずの甘い空気を封じ込めるそれのようにも聞こえて軽く笑った。
 さて、残してきた熱が完全に冷めてしまう前に厄介事は片づけてしまおう。 


End


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