背骨に指を滑らせる

 セックスは互いに許し合う行為だって、何時だか言われたことを思い出す。
 ことの最中に謝るな、だったか、たしかそんな話で。まさにその真っただ中だったのでその時は意味まで深く考える余裕もなく、状況でもなく、そのまま流してしまったけれど。
 今だって身体を繋げる時に苦痛を感じることがある。さっきみたいに体の準備が整う前に気持ちが先走ってしまってコトに及んだときとか。あと、稀に暴走したコンラッドにわざと傷つけるみたいに抱かれた時なんて。
 だけど彼の熱を受け止めるんだと思えば、それだって許受してしまうし、逆にそれを許してしまう自分が嬉しかったり。おれってホントにこいつが好きなんだなぁーなんて、そんなところでうっかり感心して。
 身体の隅々にまで詰まった甘くて重いものをすこうし、溜息といっしょに吐き出すと、喉がヒリついた。それでさんざん喘ぎまくったことを思い出して居た堪れなくなる。
 あさましく声を上げて、愛撫を強請って。そんな姿を晒すことを許したり、また逆に許してもらったり。
 漂う手のぬくもりは心地いいけれど、それでも肌寒く感じ始めて横の体温にひっついた。人肌に和んでついつい頬ずりなんてしてしまったり。そして腕の付け根あたりに歯形を発見。
 ――うっわ痛そう…
 そっとなぞったら、ぴくりと身体が震えたから――やっぱ痛いか。
小さく謝ったら、こんなにも夢中にさせたんだと思うと嬉しい、なんて腐れたことを言われる。
 脳天あたりがむずむずするのは奴がキスしているんだろう。くすぐったいのは実際の感覚よりその甘さ。
 繰り返し背中を撫でていた手が、何かを確かめるみたいに少しづつ降りて行く。まだ身体のあちこちで燻ってる残り火がちりちり音を立てる。
 その先の身体の奥は、更に期待してトクリとのたうつ。自分もすっかりそのつもりだと、彼の腰のあたりに手を伸ばす。
 もう一度熱くなって。もう一度許し合う。

End


指を軽くくわえて微笑む

 乱暴に掻き集めた書類を揃えようとして指先に走った痛みに、またやってしまったと舌打ちが出る。左人差し指の腹が斜めに切れて奥から血がにじみ出す。
「切った?」
 他人でない慣れた仕草でおれの手を取ったコンラッド。
「気をつけて下さい。空気が乾くと肌が乾燥するから――紙は手の油分を奪うから余計にね」
 どうりで最近、紙の端で手を切ることが多いと思った。
 そのまま当たり前のようにその手を口に持って行くのもいつものことだし、それを許受しているおれもおれ。
 熱い口内できゅっと吸い上げられて、ひりつく痛みに肩が竦む。何を勘違いしたのか奴はそれを笑う。
 力を込めれば簡単に外れるはずの拘束に、だけど委ねたままでそんなコンラッドを見ていた。
 低い位置から射してくる陽光は柔らかく部屋の奥まで侵入して、彼の前髪を金茶に透かす。上目遣いの瞳は熱を孕んでいるわけでもない。ただちょっと緩んで、からかっているとわかる。通った鼻筋。指一本分開いた唇は薄めだけど、それがどれだけ肉感的に動くのか自分は知っている。
 子供相手にそんな駆け引きするな。百歳の大人が。
 どう返してやろうか――これはという考えが浮かばない苛立ち紛れにそんな悪態が口をつきそうになる。
 でも余計に子供っぽい負け惜しみにしかならなさそうなので。かわりに預けていた人差し指で突いた。絡んでいた舌を。
 意識してなぞれば、ざらりとした表面と滑らかな側面の触感の違いや、柔軟に動く様が興味深くて――つい夢中になりそうになってコンラッドの表情に気がついた。
 先程までの余裕を見せる微笑みはなく。僅かによせられた眉に、我に返る。その卑猥さに羞恥が沸き起こるよりも早く、彼の目の奥に揺れるものに気がついた。
 コンラッドはおれの反撃を咎めているわけでも非難しているわけでもなく。
 舌の裏をくすぐるように指先を揺らせば、目を伏せる。答えるように絡む舌と愛撫する指先。痺れが腕を這い上がり、脳の奥を震わせる。
 目を閉じて戯れを続けるコンラッドの表情に喉が鳴った。
 自分の指一本がこいつにこんな顔をさせるんだって――その発見は暗い、けれどとろりと甘い歓喜を呼び覚ます。
 ああ、あんた、おれを抱くときに子供だからだとか、そんな風なこと一切考えないだろう。だっておれも今、あんた見てて大人のくせにだなんて全く思わねーもん。

End


触れるか触れないかのキスをする

 溶けきっていないそこに強引に押し入られるようにして抱かれるのも、実はちょっと好きかも知れない。いつもは何処までも大人で完璧な保護者の彼の、余裕のなさが。取り繕う余裕もないくらいにこの身体にアツクなってくれるんだと。身体は侵されていても、感じているのは確かにコンラッドに対する征服欲だ。
 それと。こんな苦痛をも受け入れるのはあんたが好きだからだと……漏れそうになる悲鳴を唇を噛み締めることでこらえて、そんな自分に酔うのも心地よい。
 ソコにひりつくだけでない感覚を覚え始めると、それは背筋を駆け上って痛みに強張っていた首筋や肩や腕や……身体中の細胞をざわめかせる。皮膚の細胞のひとつひとつがばらばらに震えるような快感に襲われて、知らずほどいていた唇から甘い声をあげる。もどかしく感じる肌を彼の熱い肌にこすり付けて。身体中すべてがコンラッドが欲しいと叫んでいる。全部で感じていたいと。
「思い知らせて」
 髪一筋分の距離でそう囁いたら、無言のまま更に律動が激しくなった。
 もっともっと。あんたをこの身に刻みつけて。
 身体中に渦巻く熱が頭の芯をも痺れさせる。思考を手放し、肌が感じる感覚がそのまま感情に結びつく。
 呼気を求めて喘いだら、そのまま意識が途絶えた。

    □  □  □

 ひっ、と息を呑むか細い声が聞こえたかと思えば、自分にしがみ付いていたユーリの腕からくたりと力が抜けた。目を上げるとそれまできつく寄せられていた眉間がゆるんでいて、あどけないほどの寝顔に変わっていた。
 気絶させてしまったことに苦笑をもらし、それでもこんなままで止められるはずもない。少しペースを落として、覚醒していたら照れて見せてくれない至近距離で顔を眺める。
 漆黒のまつげが涙の粒をまとわせてきらめいている。欲に濡れてまだ赤い唇はゆるくほどかれて――ああ。なんて綺麗で淫らでどこもかしこも華奢な幼気(いたいけ)、とさえ言えるあなたを。むさぼり尽くしたくなる――。
 獰猛な気持ちをねじ伏せて、内心とは裏腹なキスをして、ユーリの身体の奥深くに熱を吐き出す。
 満足の、というには重過ぎる吐息を意識のない恋人の耳元でついて、その身体を抱きしめると汗のにおいと洗い髪のにおいと、そして確かにユーリのにおいがした。
 何よりも大切に護り慈しみたい相手に時折抱いてしまう強暴な感情。情熱が去った後に残る重い罪悪感と後悔の念は酷くこの身を苛むのだが。
 ただ今日は。腕の中の柔らかな温もりとこの匂いが。自虐に走りそうな気持ちを宥めてくれているような気がして。なんとも自分勝手な思いこみでも。そのあまりの居心地のよさに。目を瞑って安寧に甘えることにした。

End


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