首に腕を回して肩にキスする

「あぁ、さっきの部屋に一枚多く置いてきてしまったみたい」
 二方からの廊下と上への階段が交わるホールで、二人組の侍女の片方がカートの中のリネンを数えながら言った。
「先に行っていてくれる? 見てくるわ」
 カートを引き継いだ方はそのまままっすぐ廊下を進んで、見てくると言った方は足早に引き返して行って――が、すぐに手ぶらで戻ってくる。
 すると前方から歩哨の兵が小走りにやってきて。侍女はその胸に――。
「あなたにこんな奥宮で会えるなんて」
「たまたま伝令を言付かってね」
「きっと眞王様のお計らいだわ」
「俺達の気持が引き寄せたんだとは思わないのかい?」
 小声で交わされる睦言。もっとも昼間の時間は奥宮は人も少なで、そのはずれの小ホールの隅。誰も見咎める者など居ない。バルコニーへ出る窓からの爽やかな風が時折カーテンをそよがせるだけで、ささやかな二人の逢瀬を邪魔する者など。
 やがて「仕事中だから」と、抱き締め合っていた恋人達は名残惜しげに互いを離して。二人はそれぞれの持ち場へと戻って行った。

 で。誰も居ないはずのホールの、バルコニーからひょい、と顔が二つ覗く。
「見た?」
「はい」
「…オフィスラブだ…」
「はい」
「へーっ、あのメイドさん、兵士の人と付き合ってたんだ〜っ わーっドキドキしちゃったよ〜 ちゅーとかしちゃったらどうしようかと心配しちゃったー」
 真っ赤になった魔王陛下が、傍らの護衛をばしばし叩く。いたく興奮されている。
「や、そんな人のちゅー覗く趣味とか無いけどさぁ…や、だけどここで出てくわけにもいかないだろー」
「はい」
 同じように短い肯定を返す、その護衛の視線を追ってユーリは自らの格好を見下ろした。かろうじて腕に引っかかっている上着。中のシャツだって裾を引き抜かれ、半分以上ボタンを外されてすーすーすしてる。
 『ちゅー』どころではない。
 自分達が隠れていた訳、出ていけなかった理由を思い出す。
「……」
 気まずい思いを責任転嫁して、恨みがましい視線で傍らになすりつけた。
「仕事中、だってさ」
 だが魔王の護衛はそれくらいでは揺るぎはしない。
「ええ。あなたの臣は一兵卒、リネン係の侍女に至るまであなたに忠誠を誓ってますから。それもこれも魔王であるあなたの仁徳のなせることですね」
 嫌味を嫌味とも思わせない、至って本気の口調でうっとり微笑みかけてくるからたまらない。
 居たたまれなさに明後日の方に逃げたユーリに、させじとばかりに後ろから手が伸びる。
 捕まえられて、引き寄せられて。背中にかぶさる身体を感じて、首筋が吐息に震えたら。なけなしの理性もこの男の前にはあっけなく崩れ去ってしまう。
 それ位はこの男のことが好きで、この男のキモチを身体で知るこの行為が好きだから。
 肌蹴た肩の先を吸われて、咎めるみたいにもたらされる痛みに、身体の芯がじわっと痺れた。

 さっきのリネン係さん、兵士さんごめんなさい。
 仕事中なのにうっかり流されちゃう、こんな上司でごめんなさい。


End


ブラウザバックでお戻りください

inserted by FC2 system