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外堀で土木工事

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 追従に混ぜられた陳情を、言質を与えない笑顔で受け流す。手にした酒杯で口を湿らせて、その場を逃げ出す口実を求めて彷徨わせた目が、広間の隅の護衛の姿を捉えた。
 彼の白い礼服が目立つ、というだけでなく。これはもう慣れなのだと思う。一人の護衛を百年も伴っているのだ。無理もないことである。
 いつもならこんな状況のユーリを助け出してくれるはずのコンラートは、何やら他の用にかかずらっているらしい。
 視界を遮っていた人波が切れて、コンラートが話をする相手の姿が現れた。
 おべっかの言葉が途切れて、ユーリは自分が眉を顰めていることに気が付いた。
「失礼、少し用を」
 取り繕うのを諦め強引に打ち切って、ユーリは人の間をすり抜けていく。広間の端まで辿りついて、二人の前へと出た。
 突然現れた魔王に相手は驚いた顔をして見せたが、隣に居るのがその護衛なら何の不思議もないことだ。
「邪魔をして申し訳ないが、ラドフォードの奥方。少々この男を貸して貰えないだろうか」
 そして魔王の依頼を断るなど、この場に居る誰にも出来ない。
「謹んで、陛下」
 頭を垂れる彼女はユーリの 穏やかならぬ視線に気が付いていないようだった。気が付いたところで、せいぜい、魔王に何か急を要する用が出来て、それで護衛を連れに来た、程にしか思われない。それは彼女に限ったところでなく、ユーリが置き去りにしてきた男にしても同じだったろう。
 魔王の立ち振る舞いを目の端で追っている、この場にいる皆がそうとしか思わないはずだ。なぜならユーリは魔王で、コンラートはその護衛だから。

 広間を出て、いくつか角を曲がって。夜会のざわめきも聞こえない辺りまで来て。
「それで、用って何です」
 白々しいコンラートの言葉に、くすぶっていた苛立ちが爆発した。
「あんたはおれの事が好きなんだろうっ」
 憎らしいことにコンラートは、大きな声を出すことではないとユーリをたしなめてみせる。
 ユーリは唇を引き結ぶ代わり、ありったけの文句を込めて睨みつけた。コンラートは苦笑いでやり過ごして。
「ですが、申し上げたでしょう。俺はあなたとどうこうなるつもりはないって」
 低く落とされる答えに、ユーリはかっと腹の底が熱くなった。
 何を言っているのかこの男は。ユーリのことを好きだと言ったくせに。
 荒げそうになる声をなんとか押し殺した。
「だったら――どうしてこの間は邪魔したんだ」
 先だって、ユーリが昔好きだった女性と再会した折には、この男はあからさまに割って入って来たのだ。
「おれは駄目で、あんたはいいのかよ!」
「彼女はあなたの為にならない」
 コンラートの言い草に鼻白む。
「はっ? だったら何、あんたが世話してくれる相手なら良かったってこと?!」
「お望みならばご用意しますが」
 腹が立ち過ぎて吐きそうだった。
 どうしてこの男は、好きだと言う相手をここまで怒らせる事が出来るんだろう。信じられない!
 廊下の角、向こうから若い女性達の賑やかな声が聞こえた。
「第一、ラドフォードの方とは何でもありませんよ。あれはただの噂です」
 周知の事実とまかり通っていることを、コンラートはしれっと断じて見せる。そして声の方をちらりと見やって、もうこの話は終わりだと、ユーリを促した。
 エスコートするように添えられた腕を掴む。
「陛下?」
 夜会の熱気に酔ってはしゃぐ声が、すぐそばまで来ていた。
「ただの噂?」
 怒りも過ぎれば笑えてくるものなのだとユーリは知った。
 大した鍛錬もしていないユーリと違って相手は軍人だ。簡単にはあしらわれない様、肩に掛けた手を支えに、後ろに倒れ込む勢いで重心を落とした。コンラートなら支えようとするはずで、思惑通り、一歩踏みこんでコンラートの腕がユーリの腰にまわる。
 ユーリはコンラートの首を引き寄せる。歯がぶつかろうとかまわない。傍からそう見えさえすればいいわけだ。振りほどかれないようにコンラートの髪を掴む。
 「きゃっ」と可愛い叫び声が上がって、淑女らしからぬぱたぱたと駆けだす靴音が聞こえた。
 腕を解いてコンラートを開放する。
 コンラートはさすがに憮然としていたけれど、それとは違う風に眉がひそめられた。
 コンラートの手が伸ばされて、ユーリの口元をなぞる。脈絡のない甘い仕草に、ユーリの胸がとくりと打つ。
 まさか、あんなはかりごとめいたキスで何が変わると言うのか。
 唇がぴりっとして、拭いとったコンラートの指の先に赤いものがついていた。勢いよく歯をぶつけたせいで、唇を切っていたのだ。
 大したことじゃない。それより。
「噂は怖いぜ?」
 明日のお茶の時間には、城中に知れることだろう。


End


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