けっこんゆ本に触発された新婚家庭in地球

 マンションのエントランスを潜る前に見上げた自分の部屋には明かりが灯っていた。
 誰かが待つ家に帰るというのが結婚の醍醐味なのかもしれない。なんて。弛みそうになる表情を繕いながらコンラートはエレベータに乗りこむ。新婚だからって浮かれ過ぎている自覚はある。
 ドアに辿り着いて、もちろん鍵は持っているけれどインターホンを鳴らす。
 応答は省略してすぐにドアが開かれた。
 今朝、ここで別れて、十二時間と経っていないはずなのに。
 ひと月前に式を挙げて以来、毎日毎日一緒に居るのに。
 お帰りと微笑む目の前のユーリに、感動にも似た心地を覚える。
 ずっと一緒に居たくて結婚したのだが、したらしたで今度は離れている時間がこんなにも切ない。
 黙って伸びてきた手に鞄を預けて革靴を脱ぐ。顔を上げたら、ユーリが何かを企むみたいに小首を傾げた。
「ねぇ――」
 その目が悪戯に細められる。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも…おれ?」
 確かに空腹だったし風呂に入ってさっぱりもしたかったけれど、そんな風に訊ねられて答えなんて決まってる。
 うなじから差し入れた手で支えて顔を寄せた。
「じゃあユーリ」
 くちづけた下でくすぐったそうにユーリが笑う。そして。
「良かった。昼寝してたらうっかり寝過ごしちゃってさ。飯も風呂もなーんも支度出来てないんだよな」
 邪気の見えない顔でにっこりして。ユーリはいそいそと寝室のドアを開けた。

 ――順番じゃなくって三択?

(2010.3.25)



余りに長い間更新をさぼっていたため、もう書けないんじゃ…と怖くなって発作的にしたためたコンユ的なモノ

 同じ多忙な一日でも、達成感でシメられた日とそうでない日は随分違う。
 あまり良くない報告を聞いた日などは、あの時の判断はどうまずかったのだとか――検証や反省が済んだあとも、いつまでもいじくりまわしてしまったり。憂鬱の種を手放せなかったりする。
 建設的でない反芻はするべきではないと、わかっていたって。頭を振って追い出したって、気付けばまた囚われ居る。
 案外ナイーブな自分にも嫌気が差す。重い気持ちを溜息で吐き出したって楽にはならず、いっそ全て飲み下して。憂さ晴らしに痛飲するのもアリだと、夜も更けた人気のない廊下を魔王の私室へと向かいながら考えた。何も感じなくなって昏睡という安らぎを手に入れるのはとても魅力的なことに思えた。
 部屋に辿りついて、遅くまで付き合ってくれていた専属護衛を振りかえる。
 長い一日の終わりにだって草臥れたそぶりも見せない。未だ職務の途中だからか。常日頃からの鍛錬の成果か。それとも、所詮は惚れた欲目か。
 二歩近づいて抱きついた。
 くったりと身体を預けたって揺るがない。ただ気配が護衛からもっと近しく柔らかなものに変わった。きっと表情はそのままなので、これはもう、ぴったりくっついているユーリにしか感じられない変化だろう。
 力強いとても優しい腕で抱きしめられて、その確かさに安堵を覚えた。
 肩口に頭を預けて擦り寄ると、微かに石鹸の匂いがした。晩餐を前にして湯を浴びて、もう六時間も経つのに。
 首筋に鼻先を突っ込むと石鹸に混じる薄い体臭に気持ちがざわついた。皮膚の薄いところを甘く噛んで唇で擽ると、宥めるみたいに髪を梳かれた。
 アルコールと仲良くするよりもこっちの方がよさそうだ。しっかりたっぷり甘やかしてくれるだろう相手に手を引かれ。寝台へといざなわれて――夜着に替えるように示された。
「あなたに一番必要なのは休息でしょう。なんでしたら着替えさせてあげましょうか?」
 舌打ちが零れた。
 さまざまに抗議してみたけれど、確固たる信念を抱いた時のこの男は頑固だった。
「ゆっくり眠って朝になれば、また素晴らしい一日が始まりますよ」
 二日酔いの頭痛も、身体を酷使した倦怠も遠ざけられて。掛布を顎の下まで引き上げられた。
「良い夢を」
 瞼の上にキスをされて、爽やかな目覚めを確約されてしまう。
 マットレスが沈み込んで、端に腰かけたのだと判った。
 掛布の上におかれた手が、ゆったりとしたリズムを刻む。それは呼吸するよりもっとゆっくりで…――寝てしまいそうだ。

(2010.6.14)



【手と手の触れ合うお題ったー】 他所様で拝見して、ついやってみたら『聖護院ひじりへのお題は『「遠慮がちに、両手を握る」キーワードは「寒い」』です』なんてことを言われたので

 ユーリは耳を疑った。っていうか。今聞こえたのが何かの聞き間違いなのではないかと、無意識に、だけど必死に考えていた。でも、だとしたら、そのように捉えた自分のアタマの方がまずいんじゃないか――おれ、疲れてんのかなぁ…。
 逃避ぎみにそんなことを巡らせていたら。わざわざコンラートが覗きこんできて、もう一度言った。
 しかも。どうしてそんな得意顔。
 隣に座るコンラートに向き直った。
 その手を取って真っ直ぐに見つめる。自分はあんたを愛していると、そこは間違えて欲しくなくて。
 瞳の中では銀色の星がいつもに増してきらきらと瞬いている。胃の腑がきゅうっと引き絞られるような空恐ろしさまで感じるくらい綺麗だ。それだけに、さっきの台詞があまりにも無残。
 思いを込めて伝える。たがわず受け取ってもらえるよう。
「いつも言っているだろう、あんたは面白いことを言おうとか、ひとを笑わせようとか考えちゃ駄目だって」
 勘違いしないで欲しい。あんたが憎くて言っているんじゃない――あんたのギャグが許せないから言っているんだ。
 力を込め過ぎた両手にコンラートが、痛いです、と小さく声をあげたけれど、聞いてやることなんてできない。
「冗談でこんなこと言ってるんじゃない。本気なんだ。だから頼む、約束してくれ」
 困ったように眉を下げるコンラートに、ユーリはひたすら請い願い続けた。

(2010.9.17)



また【手と手の触れ合うお題ったー】 今回は『「そっと、手のひらを指先でつつく」キーワードは「海」』

随分と夜明けが遅くなったものだと、カーテンの間から覗く色に思う。大気が青く染まっている。まるで水の中のようにしっとり濃い空気が満ちている。
 それは窓の隙間から忍びこんでこの部屋をも満たしていた。
 肌寒さを覚えて掛布を引っ張り上げたら、未だ夢の中の護衛が身じろいでユーリの身体を抱きしめた。冷えた肌に他人の体温が心地よい。
 背後の規則正しい寝息が、明け方のけだるい気持ちをそっと慰撫する。
 青く沈んだ調度から近くに視線を戻すと、眠りながらも自分を護る手が目に入った。
 深爪なくらいにまあるく整えられた爪。薄く残る無数の傷跡。その形のよい指が昨夜どんなふうに自分を乱したのかを思い出して。喉が鳴った。
 居た堪れなさを誤魔化すように、柔らかく開いた手のひらをくすぐった。反射のようにぴくぴくっと指先が動く。
 ユーリは我に返ってコンラートの手を握りしめた。
 まだ。起きるには少し早い。

(2010.9.18)



他所様で素敵な『月が綺麗ですね』ネタを拝見したのでマネっこ
夏目漱石は『I love you.』をこのように訳したんだそうです――…漱石、授業投げてないか?


「月が綺麗ですね」
 夜更けに回廊を辿っているとき、コンラートが言った。
 等間隔に掲げられた灯りすら、霞んでしまいそうなくらいに明るい月夜だった。廂の向こうを覗いたら、想像以上の満月が浮かんでいた。
 煌々と照らすそれはたなびく雲を淡く浮き上がらせて、とても幻想的だった。濃紺と銀で描かれた絵画のようで、知らず溜息が洩れた。
 だけどこれは美術品のように、その前に立てばいつでも目にできる光景でなく。今夜、いまこの時にしか存在しないものであるから。余計に胸に迫るのかもしれない。
 それが惜しくて、首が痛くなるまで幽玄な姿を見上げていた。
 みつめていたら、取り込まれてしまいそうな、こんな心地には覚えがあった。引き込まれ、囚われるのだ。その凄艶な中に。
 魔王の部屋の前まで来て、ユーリはコンラートを振りかえった。
「一緒に月を見ないか」

(2010.9.22)



『はなのみち』パロ――っていうか、ほぼ くまさん→次男 りすさん→陛下 という変換のみ

コンラッドが、ふくろをみつけました。「おや、なにかな。いっぱいはいっている。」
コンラッドが、こいびとのユーリに、ききにいきました。
コンラッドが、ふくろをあけました。なにもありません。「しまった。あながあいていた。」
あたたかいかぜがふきはじめました。ながいながい、はなのいっぽんみちができました。
「コンラッド…あんた、わざとだろ…」
「小指の赤い糸は目には見えませんけれど、これだと500メートル先からでもわかりますよね」


(2011.5.26)



『はなのみち』パロその2 パラレル 地球

 突然の訪問にユーリはびっくりした顔をしたが、それでも部屋に上げてくれた。
「ひさしぶりだな――元気にしてる?」
 ケトルを火にかけながら尋ねる声はごく自然で、何年もを一気に舞い戻った気がした。
 この部屋に来たのはユーリの引っ越し荷物を運んでの時以来。
 あの時はがらんとした部屋に段ボールが積み上がっていただけだった。ユーリが暮らしている空間として訪れるのは初めてのことだ。
 だけどどこか馴染んで感じるのは、小さな折り畳み机だとか、チェストの上の時計だとか。以前はコンラートの部屋にあったユーリの家財が懐かしいからだろう。
 もしくは。今もまだ、あの部屋にはユーリの色が残ったままなのかもしれない。あぁ、そもそも、今日コンラートが見つけたあの袋だって。
 久しぶり過ぎて何を話せばいいのかわからない。久しぶり故に聞くべきことは山ほどあったけれど、今のコンラートが尋ねて良いものかどうか。そんな躊躇いすら、未だユーリに対する整理がついていない証拠だった。
 もっとも、今更沈黙に気を使う間柄でもない。カチャカチャと茶器を用意する音がして、しばらくすると香ばしい香りが漂ってきた。
「で?」
 ユーリはコンラートの前にコーヒーカップを置いた。
「ええ――これ、何かと思って。物入れの上にあったんだけど」
 用件を聞かれてコンラートは持ってきた袋の口を開けて見せたが。袋が妙に軽くなっていると、不審に思う間もなく――開けた袋の中に有るべきはずの物はなく。隅に小さな穴が開いていた。
「空じゃん」
 ユーリが穴に指を通して笑う。懐かしい、少しくすぐったいような笑い声。
 だけど袋に見覚えがあったらしい。
「種だよ、これ。花の種。ずっとあそこに置きっぱなしだったら、もう生えるかどうかわかんないけどね」
 何かを思い出すみたいにゆっくりと答える。あるいは懐かしがってか。惜しんでくれたらいいのに、はコンラートの勝手な願望だ。
「そうですか」
「うん。どっちにしろ、全部こぼれちゃったけど」
 コンラートは詮無いことを言いそうになるのを堪えて、そっと息をついた。
 たとえ袋に穴が空いてなくて。種がそのまま詰まっていたとして。だからといってどうということもないのだ。
 大切な物は、もっとずっと前にこの手からこぼしてしまった。
 ユーリがちらりと時計を見た。
 このあと予定があるのかもしれない。だけどそれだって今の自分には尋ねられないで。暇を告げようとしたらユーリが先に口を開いた。
「せっかく来たんだし、メシ喰ってけば? 時間、あるんだろ」


(2011.5.27)



四十八手ってコンユのためにあるんじゃない?って思ったの。

 そばで野郎どもがキャッキャと騒いでいるなーと思ったら、ノートを四冊くらい並べたサイズの、ポスター? マスが切られていて裸で絡み合う男女のイラストが並んでいた。俗に言う四十八手、デスネ。
「そっち詰めて、隙間作るな、女子に見つかる」
 なんて言っているけど、教室でこんなもの広げていて…バレるよ。なんか視線が生温かい。
 うかうかしていたら。
「一番やってみたいの、せーのっ」
 なんていきなり号令がかかって。いや、そんなの、急に言われてもっ、と指差した後で良く見ると騎乗位で――口端が引き攣りそうになった。
 そう、釣られてつい、同じのを差してしまっただけだ。うん。
「動いてもらって下からそれ見るって、ヤバくね?」
 だよねー……あはは…。
「こっちもすげーなー」
 あーだこーだと盛り上がっていて。あれ。えーっと。えええええっ…。
 もちろん名前なんて知らなかったし。そんな特別なことをやっている意識すらなかったのに。
 性交体位四十八種のうち、うち…う…――だいたい、知ってる…かも。


(2011.6.5)



管理人は試合時間はこれくらいが丁度いいって思っている。

「スミイチの試合って観てる方も疲れるよなぁ」
 スタジアムを後ろに伸びをする。だけど勝ったのだ。
 言葉ほどくたびれているはずもなく、知らず口の端もにんまりする。そして弛めると、今更ながらに顔がこわばっていたことに気が付いた。
 金魚みたいに口を大きく開けたり閉じたりやっていたら、隣を歩くコンラートの手が耳下に伸びてきた。
 冷たい指でぐいっと押されるのに合わせて顎の関節を動かすと、こめかみに気持ちいい衝撃が伝わる。
「ずっと食い縛ってたでしょう」
「だってさぁ」
 一回裏に一点入れたきり、ゼロが並んだスコアボード。すぐに逆転されそうな試合に緊張しっぱなしだったのだ。
 外される手指をつい目が追って、ぶつかったコンラートとの視線に今度はうろうろと彷徨わせた。
 ふふ、と軽い笑いが聞こえて。癪ではあるけれども、まだ離れがたい気持ちは伝わったんだろう。
 結局最後まで勝ちの確信が持てなかった試合の、勝利に浸るのはこれからだし。
 案の定、腕時計に目を落とし。
「まだ早いし。何か食べに行きますか」
 サクサク進んだ試合のせいで、九時にもなっていない。
 駅へ向かう人の流れに乗りながら、どこへ行こうかとあれこれ算段する。
「とりあえず」と告げられたのは奴の最寄り駅でもあったが。頷いてみせて。ちらっと過った『終電を逃しても安心』なんてのには、今は気付かないふりをした。


(2011.10.2)


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