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甘えんぼ次男
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農家の厩で預かってもらっていた馬を駆って、丘の上に見える館へ向かう。
「大丈夫ですか。気分は悪くないですか」
並んで進むユーリに声掛ける。
「別に?」
けろっと返すが、共寝の褥の中でしかお目にかかれないような艶を含んだ表情は相変わらずで。目が離せなくなりそうになるのを、苦々しく思いながら前を向きなおった。
お忍びで潜り込んだ村の祭りの席でうっかりワインを一気飲みしてしまって、この人は人生初の酒酔い状態だ。で、酔うと危うい色気を振り撒いてしまうことが判明。
これ以上野放しにしておくわけにいかず、早々に引き上げている途中である。
今日の宿泊先はフォンヴォルテール卿の別邸のひとつ。狩猟の季節に滞在する別荘のような館だが、王都に近い位置にあることもあってここが用意された。もっとも――。
「ホントにいいのかな留守中に」
「ええ、直接おもてなしはできませんが、どうぞごゆっくりとのことです」
ユーリには地方貴族の居城であると言い繕って。そして肝心の主人はヴォルテール城で開かれる収穫祭を祝う夜会に招かれて、留守であると言って。
「ふーん。でも悪いよねー、お祭りの時にさ。雨露しのげて眠れるだけで十分なんだけど」
「じゃあ、酔っぱらってグダグダになってて下さい。そのまま寝室にシケ込みますから」
「はぁ? あんた何言ってんだよ」
「そんな顔、これ以上他に見せないで欲しいんです」
そんな顔ってどんな顔だよ。――全くもって無自覚なあるじは拗ねてみせる。
「俺を誘って下さる時の顔ですよ」
落とした声音で残して先に馬を進める。案の定、後方からユーリが喚く。
だって事実ですから。さっきからずっと隣で落ち着かないざわめきを抱えさせられて。本人に全くその気がないだけに罪は深い。
どうしろというのか。
さすがに騎乗の続く旅先で、余分な体力を使わせるわけにもいかず。
館に到着したらさっさと寝台に突っ込んで眠らせてしまえと、まだ日の入りまで間のある空を眺めて思う。なんだったらもう少し飲ませれば、旅の疲れもあることだしすぐにオチるだろう。あるじ相手に物騒な算段までつけて。
門が眼前に迫ると、耐えきれなくなったようにユーリの半身が馬首に崩れた。ぎょっとしたが、ユーリはこっそり撫でながら馬に何事か囁いている。ちょっと芝居に付き合って、とか何とか。
どうやら酔いつぶれたふりらしい。確かに自分はその方が心休まるが。あくまで無自覚な彼に解ってもらえたとは思えなかったので、唐突な芝居の理由がつかみ切れなくて少々戸惑う。
「ほら、ぼっちゃん降りてください」
それでもつき合って馬から降ろし、抱きかかえて玄関へと向かえば首筋にかかる息で告げられた。
「だってこのままシケ込むんだろ。――あんただって、すっごいもの欲しそうな顔してる。自覚ないだろうけど」
抱く腕に力が籠るのを抑えきれなくて、それをくすっと笑われた。
酔って蠱惑的になるのは見た目だけではないらしい。これ以上動揺を悟られたくなくて、溜息を必死で呑みこむが。このユーリ相手にそんな懸念が必要になったことにも、少々ショックを受ける。
出迎えたのは見知った顔で、誰だったかと記憶をたどれば、なんとヴォルテール城の執事頭だった。並々ならないグウェンダルの気合いに恐れ入る。
なぜなら先ほどユーリに語ったヴォルテール城の夜会は今夜本当に開催される。ヴォルテール領内の地方貴族を労う趣旨の宴で、城は今日は多数の客を迎えて大わらわのはずだ。そこの執事頭がここに居るのだ。
確かにこの人は魔王。これ以上の賓客はないけれど。今回はお忍びで。しかも当のグウェンダルの目を盗んでということなのに。
なので、ここはもう絶対、ユーリを酔いつぶしておくことにした。
「お恥ずかしながら主人が羽目を外してしまって。このありさまでして」
実際頬を染めてほろ酔い状態なことには変わりないので、信憑性は抜群だ。さっさと客間に案内させて。このまま寝かせておきたい、と人払いして。
大人げないと言うならば言え。
案内された客間で。火入れの支度が整えられた暖炉の上の装飾を見つめながら。ユーリが訊ねた。
「あれって、グウェンんちの紋章だよね」
「あぁ…なにしろここはヴォルテール領ですからね」
誤魔化したけれど。自分達はこの少年を見くびりすぎていたようだ。
そんなものか、というふうに、ユーリの興味は次に移って、部屋の調度を検分していく。
「ねぇ、ずいぶん大切な客だと思われてるみたいだけどさ、手土産とか持ってこなくて良かったのかな?」
手ぶらで来ちゃったけど、菓子折りとかさ。
「どうぞお気になさらずに。きっとこの部屋しか空いてなかったんでしょう」
これ以上の詮索を避けてユーリを引き寄せる。それに今はもうそんな会話より。明日も騎馬で移動だとか、そんな分別はさっきユーリが自分で蹴り飛ばしてしまった。
「俺の欲しいもの、与えてくださるんでしょう?」
声は、擦れていたかもしれない。
「待って――おれ、だいぶ埃っぽいしさ、さっきも踊ってて汗かいちゃったし」
とどめようとする腕を取って指先に口づける。
「ええ。踊ってるとき、あなたの匂いにくらくらしました」
「えぇっ、クサかった?」
焦るユーリを腕の中に抱き込む。
「理性を溶かされて溺れてしまいたくなるって言ってるんです。あなたの汗の匂いに俺まで熱くなってしまって」
ずっと炙られ続けた情念は、切羽詰まってこの人を求める。気恥かしくなる程、余裕がない。
全身で訴える欲を受け止めて、腕の中の身体から強張りが抜ける。ユーリの腕が背に回る。
「おれもあんたと踊りながらドキドキした」
いつもより艶を増した黒い瞳に覗きこまれる。
「ダンスしてるだけなのに――こういうことしてるときみたいな気持になってきて」
困った――の言葉は口移し。
緩く喰んで離れていくのを追いかける。逃がさないように頭を押さえたら、引っ張られた髪が痛かったらしくて喉の奥で声が鳴った。その殺したような音にまで煽られて、なお盛る。
まだ戸惑いの見える舌を絡め取って、奥を舐める。ユーリの指がきゅと背中を握りしめて、唐突な深い口づけに苦痛を感じたであろうことが知れたが、放すつもりはなかった。もう待てない。だからあなたが追いついて。
口内を蹂躙しながらシャツの裾を引きずり出してそこから手を忍ばせると、高い体温。冷えた手のせいか肌がぴくんと震えた。滑らかな背中を辿って、少年らしい薄い肉の下の肩甲骨の形をなぞる。
脇に沿ってなでおろすとまた身体が震える。柔らかな肌を味わうように手指を滑らせて。撫でられるのが心地いいのかキスのせいか、洩れる呻きに甘さが混じる。垂れた唾液を辿って唇をほどくと、がっつくな、と整える息の合間からたしなめられて、そんな姿にまで胸が高鳴る。
「あなたは本当に解ってない。自分がどれだけ男を煽ってるか」
乱暴な囁きは、だけど嫣然とした笑みで返された。
「知ってるよ。だって、おれもコンラッドが欲しくてやってんだから」
胸に埋めた顔をかぶりを振って擦りつけて。くぐもった声で続ける。
「あんたこそ解ってない。カッコイイし。色っぽいし。何処へ行ってもモテモテで。俺は毎日気が気じゃないんだよ」
それこそ俺の台詞だと、反論したかったが、その肩を抱いて飲み込んだ。この人にそんなふうに思ってもらえる幸せと一緒に。
縺れるように移動した奥の寝室、糊のきいたシーツを乱して絡み合う。
ひりつくくらい繰り返した口づけで唇は赤く熟れていて、そこから時折喘ぎが零れる。汗ばむ肌に肌を重ねて抱き合う。しっとり吸い付くような感触にまた陶酔が深くなる。
「そんなに腰揺らしたら、明日馬に乗れなくなりますよ」
囁いたら、力のこもらない視線を、それでも険をこめて投げてくる。
「だっ…たら――」
「だったら、何?」
「もっと…ちゃんと奥までっ」
引きよせ深く差し入れると、息を詰めて奥を開かれる感覚を味わって。だがじきに、ゆるゆる弄るだけのに焦れて。
「動いて!」
押し殺した声で叫ぶ。
「動いたらイっちゃいますけどいいですか?」
からかう口調だけれど、半ば本気だ。酒気を帯びた艶やかな姿を晒され、煽られ続けたせいで情感はすでにさんざん高ぶらされている。情けないくらいに熱くなって、もう、これ以上の辛抱は利かなさそうだ。
ユーリはどこまで、こちらのそんな事情をわかっているのか。それでも頷いて強い刺激を望む。
軽く息を吐いて腹に力を込めると、ユーリの腰を抱え直して望み通りの奥を突き上げる。
耳に毒な細い悲鳴が上がる。
ギリギリまで引いては、内壁を擦り、最奥に打ち付ける。その度に感に堪えない声が上がり、必死に自分を戒めた。
溶けて緩んだ潤滑剤と先走りで、しとどに濡れたそこが淫猥な音を立てる。
ユーリの嬌声も徐々に高さを増して、背中に食い込む指が彼の官能を伝えてくる。何より、熱いユーリの中が、切なく震え絡み付いてくる。涙を滲ませて喘ぐ姿など、もうとうの昔に直視できなくなっていて、固く瞑ったままの瞼を掠めて汗が流れて行った。
ユーリの身体が固く張りつめ、漏れっぱなしだった悲鳴が吸い込まれ、きつく爪を立てられて。
痙攣する身体を押さえつけて、更に奥を抉る。吐精に強張る身体を切り裂くようにして。達して、感覚がむき出しになった身体に残酷なまでに突き立てる。
逃れようとするユーリの身体を上体で抑え込んで封じる。
「や…っ 助、けて」
苦しい息の間から紡ぐ許しを乞うのが聞こえたけれど、止まらなかった。
俺だけにしか見せないで――艶めかしいあなたなんて。
俺だけです――あなたにこんなことするは。
すすり泣くユーリの声と、強烈な締め付けに意識が霞む。
俺だけの…俺だけのユーリでいて――。
素面だったら考えることすら許されないことを胸中で呟いて。
「バカ」
痛々しい声が下から悪態を付く。
自己嫌悪で顔を上げられないまま、すいません…と小さく謝った。
言葉に反して、冷え始めた肩をゆるゆる滑って行く手は優しい。
「言ってんだろ。眞魔国一のモテ男を恋人にして毎日ヤキモキしてんのは、おれの方だって。焼き餅なら売るほどあんぞ」
ですが、と言い返そうとしたら撫でていた手で頭を叩かれる。
「俺は王様で国民の皆さんの下僕だけど。だけど、こんなことさせたいって…したいって思うのは、あんただけなんだから。わかってんだろ」
黙って頷いた。
今度は慰めるように二回、軽く叩かれる。
どっちが保護者かわからないな、と――でもユーリに甘えるのはひどく心地よくって。
「コンラッド?…いつまでも拗ねてんなよ」
今まで付き合ってきた恋人は、みんな自分を甘やかせてくれるタイプ。だが八十歳も年下に――。
「…あとユーリがキスしてくれたら立ち直れそうです」
それでもやっぱりこの人に甘やかされる誘惑には抗いがたい。
子供相手にと笑いたければ笑え。
End
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