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襲来!

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 溜めた書類仕事を片付けて、そろそろ寝床に入ろうとしていたところだった。良く知った気配がしたようで、コンラートは扉へと目を遣った。
 けれど辿ろうにもそれは錯覚、もしくはただの願望だとでもいうようにふわりと霧散して。ふと、そろそろ日付は変わるだろうが、今日が十月の末日であったことを思った。
 ハロウィンの晩には、たしか霊が彷徨い歩くのだったか。脳裏に浮かぶのは、恨めしげな死人よりは、子供がシーツを被ってはしゃぐ姿だ。
 だが気のせいなどでなく、現実に人の気配があると気が付いた。それも複数。何かを探しているのか、揉めながらなのか、ゆっくりゆっくり近くなる。
 わざわざ扉を開けて確かめたのは、やはりさっきの予感めいたもののせいだ。
 暗い廊下の先に、白くひらひらしたものが揺れる。想像のゴーストが実体化したのかと目を疑って。ゆらありゆらり、ふわふわり。
「陛下?」
 名で呼ばなかったのは、後ろに衛兵の姿を認めてだ。白い物体はまさしくシーツであったわけだが、それを羽織った魔王陛下がゆらゆら歩いてくる。
 一瞬危惧したが、シーツの下からは黒い足と袖とが覗いていてほっとした。それどころかこんな時間にかかわらず、きちんと衣服を整えている。
 コンラートが駆け寄れば、それはだらりと凭れかかる。猛烈に酒臭い。本人に聞くのは早々に諦めて、後ろに説明を求めたら。
「先程までフォンビーレフェルト卿と談話室でご歓談だったのですが」
「…また呑み比べでもなされたのか」
 まあそんなところですとばかりに、古参の衛兵は目尻を下げた。
「お部屋にお戻りになるまでは、しゃんとなさっていたんですよ」
 魔王を庇うように続ける。
 ヴォルフラムの前では一生懸命気を張っていたのだろうのが微笑ましいが、今、腕の中の白い塊はゆらゆらと身体を左右に傾げて覚束ない。
 ご苦労だったと引き取って、部屋の中へと誘うが。ここまでは自分で歩いてきた癖に、もうまるでそんなことは放棄して、自分で立とうともしない。
「ほら、歩いて下さい。抱き上げられたいんですか?」
 脅してみてもくつくつ笑うばかりだ。なのに横抱きにしようとすると無造作に暴れる。酔っ払いめと悪態をついてやむを得なく寝室まで引き摺って行った。
 寝台に転がすと、纏ったシーツを手繰り寄せ、そのまま寝入ろうとする。
「ちょっと待ってユーリ、そのままじゃ寝られないでしょう」
 コンラートが咎めれば、ぱたぱたと足を揺らす。そんなものではしっかり紐を結んだ靴が脱げるはずもなく。自分でする気はさらさらないらしい。
 靴を脱がしてシーツを剥ぐ。ユーリが「寒い」と零すから、なぜ魔王が幽霊の仮装をしているのか、やっと理解した。
 寒いのならば、そのままご自分のベッドに潜り込めば良かったのに――ユーリが素面ならば、そうからかうところだ。
 防寒には心許無いシーツなどを引き摺ってここまで来てしまう酔っ払いは、寒い寒いとぐずっていたが。コンラートは容赦なく脱がしにかかる。
 自室でではなく談話室でなら得心いくのだが、ユーリはきちんとクラバットまで結んでいた。身だしなみにうるさいヴォルフラムと一緒なのであれば余計になのだろう。
 コンラートの弟は、本心はともあれ、早々に魔王の腹心のポジションを確保していたが、年月が経つにつれあるじは彼に友情以外に対抗心を持つようになっていった。それは身体的成長がひどくゆっくりだったユーリとヴォルフラムの身長差と共に生まれ。ヴォルフラムもわかっていて何かとユーリを年下に扱うふりをしてみせるものだから、ユーリはますます張り合うようになってしまったのだった。
 ライバルになり得る親友の存在は男を成長させるものだと、周囲はおおむね好ましく思っているが、時折このような苦笑を伴う結果を招く。
 襟元を弛めてやればユーリはふうっと酒臭い息をついて、潤みきった目をうっすら開いた。そして何が楽しいのか、ふにゃりと笑ってみせる。
 無防備な喉元から更にもう一つボタンを外して。それを俯瞰で眺めるのは随分と魅惑的だったが、相手はすっかり出来あがっている大虎だ。
 上着を脱がし始めれば、今度はコンラートにしがみ付いてきた。こんなシチュエーションながら、それは暖を取るために擦り寄っているに過ぎない。
「だから早く着替えてしまいましょう? ベッドの中の方が温かいでしょう?」
 まるで協力する気の無い相手の衣服を剥ぐのは、こんなに大変なことだったかと、コンラートは妙な感慨を覚える。
 無理矢理袖口を引っ張って、片腕を抜けばあとは反対側を引き抜くだけだ。深酒のせいで震えるユーリは哀れだが、反対にコンラートは妙な汗を掻く大仕事だった。
 上着を取り去ってしまえばより寒いと、ますますユーリはコンラートにしがみ付いてくる。正体ないくせに哀れに腕を伸ばして足を絡めて――単に接する面積を増やしたいだけだ――腰が浮きあがってスラックスを脱がす助けにはなるが、コンラートの心情はなんだかなぁ、だ。
 この酔っ払い、ともう一度ぼやいて、ユーリの羽交い絞めから抜け出すと、裾を持って引っこ抜く。
 そうしたら魔王陛下は白いシャツと靴下という姿になった。靴下の色はもちろん黒。
 そしてまったく、まったくこんな時も顔の造作は変わらないので、コンラートは様々なものを溜息といっしょに飲み下さなければならないのだ。
 寒さから逃れるようにユーリが寝がえりをうって丸くなる。シャツの裾から下着が覗いて、コンラートは力ずくユーリの下から引っ張り出した掛け布団で、大層目に毒な姿を覆い隠した。
 絶対に明日はお説教だと、恋人から保護者になる、そんな深夜。


End


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