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星まつり
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「そういえば今日って七日だ」
牛乳のカップを抱えてユーリが呟く。
眠るまえのひととき。話すのは取り留めのないこと。例え一日共に過ごしていても、魔王でないユーリに戻るこの時は、貴重な時間。
「七月の七日って日本で七夕なんだよ――あれ?もとは中国だっけ?」
今だけは自分だけのユーリ。
「それはお祭りかなにかですか?」
「祭り…なのかなぁ。笹に紙で作った飾りとか、願い事書いた短冊とか付けてさ」
「十分祭祀っぽいですよ」
「そっかな――あ、すっげロマンチックな伝説があるんだ」
言葉をまとめるように、ユーリの目はしばし宙を彷徨う。こちらをまっすぐ見てくるのも嬉しいけれど、焦点をゆるめて思案する様も魅力的。
「天の神様の娘に織姫って働き者の娘がいたんだ。織姫はこれまた働き者の彦星って男の人と恋に落ちるんだけれど、そしたら二人ともすっかり怠け者になってしまって――」
また、ユーリの瞳が遠くを見つめる。
「怠け者になって?」
「――それが神様の怒りに触れて、二人は離ればなれにされてしまうんだ。年に一回だけ会うことが許されて、それが七月七日。天の川を渡って――えっと、夜空の星がいっぱいい集まってて白っぽく見えるらしいところなんだけど」
「milky way?」
「そうそう」
そうだった、地球帰りだった、とちょっと白けた顔で見られた。でも知りませんよ。東洋の行事まで。
「あんたは見たことある?天の川」
「ええ。ユーリはないんですか?」
「おれの住んでるところはそんな空気澄んでないから――この世界は、落ちてきそうなくらいに星がいっぱい見えるよな」
そう言って、風を入れるために透かせた窓のほうを見遣る。室内の明かりのせいで夜空の星までは見えないけれど。
「恋をしたら――」
闇を見詰めたまま、呟くみたいな小さな声でユーリが言った。目で続きを促したら、ゆっくり、持っていた牛乳を一口飲んで。
「他のことなんて、どうでもよくなる」
自分の実感なのか、それとも一般論なのか。どっちともつかない口調でそう言って。
カップの中をじっと見つめている。
仕事も責任も放り出して恋に溺れるなんて、出来ないのだけれど。それを羨ましく感じてしまうこともあるんだと。
伸ばした腕でユーリの頭を引き寄せて、なだめるように軽く叩いた。
「恋愛を原動力に、より仕事に励む、というパターンもありますよ」
そうだな、とユーリは笑った。
「でもそれで別れろなんてキビシくない?」
物思いの海から浮上してユーリは鼻の上に皺を寄せた。
「よっぽど目に余ったんじゃないですか?――例えば執務の間に生欠伸ばかり繰り返す、とか」
からかいを交えてそう言ったら、脛を蹴られた。
「じゃあ今夜はもう寝るっ!」
――それでおとなしく二人して寝床に入ったのだけれど。
暗闇でしばらく寝返りを繰り返していたユーリが、背中を押しつけてきた。
「するだけだったら十五分あれば出来るよな」
即物的な誘惑。
「…情緒に欠けますけど」
「いいよ。情緒は――」
ユーリは身体を反転させて、肩口に顔を埋めた。くぐもった声が骨を伝う。
「――あんたがいれば」
雰囲気なんて作らなくても、十分その気になってしまうし。
空の上の二人も年に一度の逢瀬で、今頃盛り上がってしまっているんだろうな。
恋する二人の邪魔は誰にも出来ない、なんて。浮かれたフレーズが脳裏をかすめた。
End
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