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人類皆兄弟

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 のらりくらりとかわしていた陳情相手が業を煮やして乗り込んで来ると聞いて、ユーリは手前の書類ばさみだけ掴んで執務室を出た。どの道あと暫く逃げ回ればタイムアップで、今更対応するのも面倒だったのだ。
 囮役のコンラートを執務室前に残して、日頃立ち入らない客間が並ぶ棟へと逃げ込んだ。
 脱出際に耳打ちされた一室は鍵が掛けられていなかった。まだまだ自分が子どもだったころはもっぱら執務をさぼったり、ギュンターから逃げ回ったりのために用意されていたものだが、最近はこういう時の為だ。
 鍵を落として念のために奥の寝室へ隠れる。リネンを取り払われた寝台と小箪笥。窓際に小さなテーブルと椅子。品の良い調度でしつらえられていて、そこそこのランクの部屋だと理解した。そういえば手前には従者の控えの間もあった。
 火の気のない部屋だったが、高度の低い太陽がガラス越しに部屋を奥まで暖めているのが幸いだ。
 青く澄んだ空を見上げて、城に籠っているのが嫌になる天気だと独りごちる。きっと空気は刺すように冷たいのだろうが、たまには街へ降りるのも楽しそうだ。
 雪を載せた街並みを散策して、冷え切った身体で茶店に転がりこんで。ホットチョコレートなんてのもいいかもしれない。
 ユーリは日だまりの中に腰掛けて、膝の上に持ち出した書類を広げた。幸いこれしか持ってきていない。読んでしまえば手持無沙汰。もうすっかりそのまま城から消える気で目を走らせる。

 鍵が上がる音に、ユーリははっと腰を浮かせた。コンラートの迎えにしては早すぎた。それに彼なら中にいる自分のためにノックをする筈だった。
 すぐに踏み込んでくる気配がないのを取って、ユーリは音を立てないように書類をかき集めた。そうっとクローゼットを開いて身を滑り込ませる。通気の為に設けられた隙間から伺っていると、しばらくして物を運び込む気配と女性の話声がした。
「ああ、やっぱり。随分汚れているわ」
「風が強かったものね」
 カタンと窓を開ける音がして侍女たちが窓の掃除に現れたのだと理解した。流石のコンラートもそんな予定まで把握できていなかったらしい。だが、ここでクローゼットから出て行くのも…なんだかなぁ。
 ユーリは薄暗い中でそろそろと腰を下ろした。足元には寝具や枕が積まれている。音を立てないように凭れかかった。肌寒いのが難だが外に気付かれないように毛布を引っ張り出すのは困難に思えた。
 カタカタと窓が揺れる音が聞こえる。それとひっきりない二人のおしゃべり。自分が居る前ではまさかそんなことはないが、無人の客間を掃除する時くらいは気も緩むのだろう。盗み聞くようで気が引けるが、これでますます出て行くわけにはいかなくなった。
 二人の上司についての愚痴は聞かなかったことにする。先日の休暇に行った評判の料理屋の話はユーリもちょっと興味が湧いたが、こんなところでかくれんぼをしていては鴨肉のオレンジソースの繊細さを確かめることなんてもう今日は無理だ。
 そういえばお茶の時間までに自分は戻ることができるんだろうか。サボタージュは諦めたがその上午後の休憩まで取り上げられるのは割に合わないと考えていたら。
「そう、私を差し置いてクリームとパイの話」
 いつの間にか話題は城の厨房で働く恋人のことに変わっていた。
「そんなこと言ったって、あなたに彼を紹介してくれたのはお姉さんじゃない」
「それはそうなんだけど」
 どうやら恋人と同じ厨房で働く姉の仲に嫉妬しているらしい。
「それとも何、やっぱりお古疑惑?」
「ちょっ、やめてよ! 子供の頃にさんざんお下がりを着せられてんだからね! 洒落なんないわよ」
 自分も覚えのある次男坊として思わず頷いてしまう。野球用品に関しては勝利が全く興味を示さなかったことがあって全て新品で揃えて貰ったが――ひょっとして自分が野球に親しむきっかけは案外そんなところに…?
 しかし恋人までお下がりというのは流石にどうだろう。姉さんも気まずいだろうし彼氏も気まずいだろうに。何かその彼を身近に置いておかなくてはならない理由があるとか。まさか婚姻に利害が絡む貴族階級であるまいし――姉妹が菓子職人の家でどうしても彼を娘婿に欲しかった…? 退屈しのぎにそんなメロドラマばりのことをつらつらと考えてしまう。
「彼は姉さんの趣味からは外れてるし、それはないと思うのよ。だけど私の知らない職場の話とか楽しそうにされるとねぇ」
「疎外感を覚えるって?」
「パート・シュクレよりパート・ブリゼの方がいいんじゃないかとか」
「…何、それ」
「タルト生地の種類らしいわ。二人で仲良くずーっとそんな話ばっか」
 それは駄目だよ彼氏。無神経な振る舞いにユーリは侍女に同情したくなった。つーかデートに姉さん邪魔じゃね?
 ユーリが抱いた疑問を聞き手の侍女も同じように感じたらしい。
「なんでそこにお姉さんが居るのよ」
「ああ、だって彼独り暮らしでしょ? 時々うちに晩御飯食べにくるのよ」
「え、何、もう家族に紹介したの?」
「言ってなかったっけ?」
「うん…まさかそんな本気だとは…」
「だけどもしかして――彼にしてみたら門外漢のあたしより姉さんと居る方がいいのかなぁとか」
 沈黙が落ちた。窓が鳴る音はとっくに止まっている。
「い…家に帰ってまで仕事の話ばっかだと疲れるじゃないっ――きっと門外漢の方がいいこともあるわよっ――さ、次の部屋へ行きましょう! 南側の部屋を端まで掃除しなきゃならないんだから」
 上擦ったフォローでバタバタと出て行く気配がした。
 カタンとまた戸締りをする音を聞いて、ユーリはクローゼットの中から抜け出す。磨きたてのガラスが、先ほどよりも更にクリアな空を映す。
 彼女の気持ちも、この空みたいに早くすっかり晴れたらいいのに。しっかりしろよ彼氏、と心の中で見も知らぬ相手に発破をかけて、ユーリは再び書類ばさみを開いた。



 それからしばらくして迎えに来たコンラートと執務室へ戻れば、丁度お茶の時間で。運び込まれた菓子が砂糖で煮たサクランボを敷き詰めたタルトだったものだから、また先程の話を思い出したのだった。
「パート・シュクレとパート・ブリゼ」
「は? なんですかそれ」
 聞き咎めたコンラートに何でもない、と頭を振って手渡された皿を受け取る。それがパート・シュクレなのかパート・ブリゼなのかは知らないが、さくっとしたタルト地と甘いさくらんぼを味わっていたら。そこへ会議室から宰相が帰ってきた。
「お疲れ様ー、先にお茶してるよ」
 勧めるユーリにああ、と頷いて同じテーブルに着く。
「まったく話にならん。今度はキカルと同じ条件でと言って来た」
 苛立ちもあらわな口調で告げられる会議の内容は、ユーリも予想していた以上のもので、ぎゅっと眉根が寄った。
「何言って…そんなん…。キカルとは事情が違うだろ――、あ、いや、ちょっとまて。昨日に東方面の諜報部から報告上がってきただろ、…あの話がそっちにも行ってるとしたら…」
 ふと思い至ってグウェンダルを見たら、彼も同じらしく頷いた。
「じゃあ今夜か明日あたり」
「ああ。大使館の方の出入りは一応見張らせてはあるが」
 一両日には大きく変わるだろう局面の対処を頭の中に並べ立てる。先手を打って話を通しておきたい先を二、三思い浮かべていたら、まるで図ったかのようにグウェンダルがそれを口にした。
「あぁ、じゃあ頼んどくよ」
 コンラートが兄の前に新しい茶碗を差し出して、ユーリは自分の少し冷めたお茶を含んだ。
 全く頼りになる宰相だと思う。
 言葉を費やさずとも思考が共有できる心地よさは、気持ちを高揚させる。
 打てば響くどころか目配せひとつで通じ合う同僚と仕事を捌いていると、まるでランナーズハイのような陶酔感すら覚えることもあって。ワーカホリックじみた日常を送ってしまうのは、間違いなくこの宰相のせいだ。王様稼業を一から叩き込まれてるうちに、すっかり脳内麻薬の味まで占めさせられてしまった。
 一口大に切り取ったタルトを口に運ぶ。サクランボがつぶれて甘酸っぱい味が広がる。
 パート・シュクレにパート・ブリゼ。姉と仲の良すぎる恋人。
 がりっと嫌な音がした。
「んっ」
 頬の内側の肉を奥歯で噛んでしまった。容赦のない痛みに首筋が総毛立つ。
「どうされましたっ?」
 ぎゅうっと手で頬の上から圧迫してこらえる。涙目で噛んだ、と訴えたらコンラートはほっと肩を下ろしたけれど、だけど痛いものは痛い。
「大丈夫ですか、考え事をしながら召しあがるからですよ」
 考え事というか、気が付いてしまったというか。
 ユーリは小言をくれながらも労わってくれる恋人を見て、恋人の兄を見た。もっともこっちは騒々しいと知らん顔だ。
 ――二人で仲良くずーっとそんな話ばっか――
 クローゼットの中で聞いてしまった侍女の嘆きがありありと耳に蘇る。
 だったら、長年連れ添った夫婦のごとく指示語ばかりで通じてしまう自分たちはどうなのだろう。いや、言葉すらなく視線ひとつで済ませることさえある。
「そんなに痛みますか」
 涙を滲ませて見詰めるユーリの頬を、手の上から撫でて口を開けさせようとするのに頭を振った。
 厨房係の彼氏どころでなく無神経な自分を、絞め殺してやりたい。
 いたく反省した。
 思わせぶりに目配せしあったりコンラートの知らない話題で笑い合ったり。もしかして取りに戻るのを不精してグウェンの手からペンを奪ったりするのも不味かったかもしれない。机でうたた寝をしているところをコンラートに起こされたらグウェンダルの上着が掛けられていたことだってあった。
 ちらっと考えただけでざくざく出てくる。
 大体起きているときに限ってしまえば、下手したらコンラートと一緒にいる時間より長かったりするのだ。
 軽く衝撃を受けてぼうっとしていて、おい、と当のグウェンダルから声を掛けられてびくっとした。
「あれは届いたか」
「…あ、あれ…目を通して――」
 あたふたと立ちあがって机に戻る。上がってきた書類の束を掴んでグウェンダルに差し出して。間に大きさの違う紙が挟まっていたものだから渡す瞬間にばらけそうになった。手を添えようとしたら、グウェンダルの大きな手とぶつかった。
「――っ!」
 思わず飛びのいて。二人の間にばさっと紙が散らばった。
「ごごごごごめんっ」
 思いっきり不審げな兄弟の視線を感じながらユーリは拾い集める。しかもまた『あれ』で解ってしまったし、と猛省しながら。



 その後の打ち合わせも夕食ももう散々だった。誤解を呼ばない宰相との接し方を意識すればするほど、不自然極まりない態度を取ってしまう。
 すっかりコンラートの目は座って、不穏なものを感じ取ったグウェンダルはそそくさと晩餐の席を辞していった。
 それで私室に戻るや否や白状させられているというわけだ。
 威圧的に腕を組んで見下ろされて、正座でこそないが気分はお説教だ。
 昼間立ち聞いたパート・シュクレとパート・ブリゼの話から始まって、それで自分の無神経な態度もコンラートを不愉快にさせていたのではないかと反省したこと。気をつけようと思えば思うほど挙動不審になってしまったことを話すと、コンラートは大きな溜息をついて組んだ腕をほどいた。
 浮かんでいるのは呆れ九割、苛立ち一割。あと、一つまみの疑念だ。
 だがそれもやがて表情を緩めてユーリの頭をぽんぽんと叩いた。
「だってあなたとグウェンが通じ合うのは国政についてだけじゃないですか。仕事しか接点がないでしょう」
 きっぱり言い切られて頷いた。確かにその通り。仕事だけだ。
 二人っきりで顔を突き合わせていたって、気になるのは間の書類の文言と数字だけ。グウェンダルの苦み走った横顔を見たって、頼りにしてるよと思ってもときめいたりはしない。
 そのまま滑らせた手で咎めるようにユーリの耳たぶを引っ張って。
「それをあんな思わせぶりな態度を取るから」
「…――ごもっともです」
 どうやらコンラートには当人以上に状況がよく見えているらしい。けど。
「それともお仕置きして欲しかったですか?」
 まだ何だか少し複雑なユーリの唇を人差し指で突いてくる。
 口にしている程何ともない訳でもないのは、いつもより僅かにつっけんどんな調子と仕草で知れた。
 だがここで本当は怒っているくせに、なんて指摘をしては余計に臍を曲げてしまうのは経験済みなので。
 ユーリはその手を取って引き寄せる。一歩近寄るコンラートの腰に両手を回して見上げた。
「してよ、お仕置き」
 ただ甘えて見せるのが一番いい。

 シャツを取られ下も脱がされて、下着一枚で寝台に転がされる。のしかかるコンラートがまだ上着を落としただけなのはそれが『お仕置き』だからなんだろう。
 なのでユーリもとりわけ脱がすこともせずにシャツ越しの背中に腕を回す。肌寒いところにこの温もりはほっとする。いや、安心してたら駄目なのか。
 引き寄せる。無表情を繕いながら彼の目は裏切ってる。どっから喰ってやろうかと思案する獣の目だ。
 持ち込んだ灯りがそのままだったことに今更気がついたけれど、まあいいか。
 どっからでもあんたの好きなところから。全部をゆだねる思いで目を伏せて、唇に齧りつく。軽く吸って離して。また啄んで。小さな音を立てながら何度も唇を合わせる。
 そうしながら身体を撫でおろす乾いた手の平を感じていると直に息が上がってくる。苦しいのと高まる期待で眉間の奥がぼうっと熱をもったように感じる。
 歯がゆくなって背中の手を這わせたら、高く盛り上がる肩甲骨に引っかかった。掴むように撫でまわして指の先でひっかく。シャツ越しであるのがもどかしい。手に馴染む肌を直に触れたい。指先で拾う古い傷跡を辿って。
 コンラートの唇を舌先で舐めながらシャツの裾を引きずり出す。腰の方から潜り込ませて硬く張り詰める肌を撫で上げようとしたら、咎めるみたいに抱き込まれて深く口をあわされた。奥まで舌が差し入れられる。
 あばらを数えるようにしていたコンラートの指先が胸の尖りにかかる。すっかり感じる器官にされたそこへの刺激に声が上がるけれど、含まされた舌に邪魔され喉の奥にわだかまった。
 乗り上がるコンラートのボトムの生地が内腿を擦る。充血をはじめた性器も膝で押されて刺激に震えた。
 口の端から唾液が垂れるのにまで感じて、それを追いかけてそのまま首筋に降りて行ったキスに仰け反った。
 獲物を仕留めるなら喰い破る箇所に、だけど施されるのは甘噛みだけだ。ユーリに怒られて白けるのがわかっているから、滅多に痕だってつけられることはない。
 それでも脈打つ弱い個所を晒すのは本能的な怖れを呼び覚まして、それと表裏の官能を高ぶらせる。
 背筋を震えが駆け下りて、揺れた腰をコンラートに擦りつけた。左足を巻き付けて引き寄せる。硬い生地が肌に擦れる。コンラートだって高ぶっているのが腹に当たるので知れた。
 腰の隙間に指を潜らせてもそれ以上は狭くって、そのまま腹の方までなぞって引き抜いた。
 ベルトを探り当てると、コンラートが腰を浮かせる。今日はユーリにはさせないつもりかと思っていたけれど、そうでもないらしい。
 前をくつろげて手を忍ばせて、熱い性器を掴み取る。きゅっと握ったら波打って膨らんだ。
 コンラートが挿入の時みたいに腰を押しつけてくる。なので震える内壁のように指をさざめかせてたら、胸を舐められながらだったこともあって本当に奥がずくんと震えてしまった。
 感じたのがばれたらしくってコンラートが喉の奥で笑う。
 悪かったなエロい身体で。でも。
「あんただって好きなくせに」
 そしたらコンラートはわざわざ口を離して。
「大好きです」
 告げる性悪さに、だけどユーリは全く弱い。

 なかなか下着を解かないと思ったら。これがしたかったのか。ユーリは上がる息を押さえながらもどかしい身を捩った。
 コンラートがやっとシャツを脱いだと思ったら、絡めていた片方の膝裏に手をかけて肩に掛けた。そしてユーリの両手を捕まえて。引き起こされて座位かと思いきや、自分の右足を抱えるように腕を回させる。
「おいっ」
 自ら局部を晒すような態勢に抗議の声を上げて。なのに抵抗しないのは、そんな痴態に自分だって興奮するからだ。
 ただ、そこでシャツで手早く縛りあげられてしまうと流石にぎょっとした。
 膝裏で両手首を拘束されて、完全に身動きを封じられるのはまた別だ。また別だけど、もっと興奮するのもこれまた事実。
 何しろ相手はコンラートなのだ。絶対に酷いことはしない。身も世もなく悶えさせられるかもはしれないけれど。
 それで片足掲げる状態でユーリのことを固定しておいて、只今コンラートは絶賛視姦中だ。
 すっかり湿ってしまった下着の上から形をなぞったり、わざと息を吹きかけたり。布越しに後ろを舌で突かれて鳴き声のようなのが上がる。
 はやく取り去って、もっと奥までして欲しい。小さな下着に抑え込まれる性器だって苦しいし。解いて、ちゃんと触って擦って入れて欲しい。
 なのに踵に当たるコンラートの肩を擦って強請っても焦らされて。
「コンラッドっ」
 怒鳴ったら、ただでさえきつい下着の隙間をこじて指を突きたてられた。押さえつけられる性器が苦しいのと、後ろを暴かれるのが気持ちいいのと。振り乱す頭の下で髪が擦れる音がする。
 何を惜しんでいるのか足を上げた方だけ紐を解かれて、濡れて不快な下着を纏いつかせたままコンラートと繋がった。
 もっと奥まで欲しいと無理な角度で足を開くものだから股関節は痛いし。縛られたままの手先は痺れるし。ずっと足を抱えさせられたままの肩だって軋む。それでも誘い込むように腰を揺らすのは止められない。
 濡れた性器を擦りたてられながら、強く奥を突かれて。意識が白く濁り始める。荒い息遣いと嬌声が、耳から流れ込んで脳を溶かす。
 ほったらかされたままの唇が疼く。息が苦しいくらいのキスをしながらだともっと深くイケるのに。
 手は冷たく痺れてしまっているけれど、本当はコンラートの背中を抱きしめていたい。ぴったり身体を重ねて、全部で熱を感じ合いながら。下肢でしか触れ合えないのがもどかしくってならない。
 飢餓を感じながらも満ちていく身体。足りないのに膨れ上がっていく官能。せめて目で縋ったら、コンラートは宙を蹴る右足を取った。
 じっと見つめられて耳の奥がきーんとする。そして目を離さないままその親指を口に含んで。
 ねろりと舐められる感触に総毛立つ。コンラートが目を眇めたのは、身体の奥のを強く締め付けてしまったからだ。
 そんな彼の表情にまで感じ入って――。



 結局、厨房係の彼氏及びその姉妹と自分たちの差は、基本コンラートも同じ職場に居るということなのかも知れないと思った。会議中や所用で外れることはあっても、まぁだいたい四六時中、護衛としてくっついてる。だったら自分と宰相の間に甘いものなど全くないことだって充分わかっているはずだった。
 ユーリがべた惚れであることをコンラートが良く知っているから、とかではないことを――願いたい。
 そんなことを考えながら浴室で、腿の内側に執拗に付けられた痕を目にして。にんまりしている時点で、もう、駄目駄目なのだけど。


End


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