『あなたの隣で』
「ん〜……」
額への優しい感触を受けて、小さく唸った。
なかなか寝付けなかった体は、ようやく訪れた眠りを手放したくないのに、心地よい刺激ももっと感じたくて。
重い腕を持ち上げて、閉じたまま開くことを拒絶する瞼を擦ろうとすると、手首を取られた。
「起こしちゃいました?」
「……ッド?」
「はい。ただいま戻りました。部屋にあなたがいないものだから、探しましたよ」
どうして、彼がここにいるのか。
国境の村まで視察に出かけた彼が戻るのは、明日だったはず。
夢かと勝手に結論付けようとした思考を読むように、「夢じゃないですよ」と間近から低く優しい声が聞こえてきた。
捕まったままの左手首の先、薬指に押し当てられた唇の感触に、ああ……本物だと理解した。
相変わらず重い瞼は開いてくれないが、きっと瞼の向こうにある顔は笑っていることだろう。
指の付け根の銀のリングに、いつもそうするみたいにキスをされた。ずいぶんと以前から同じものが彼の左の薬指にもはまっているのに、どうしてだか彼はおれの指にはまったリングの方がお気に入りらしい。
「どうして、こんなところで寝ているんです?」
こんなところ呼ばわりされたのは、彼の私室。結婚して魔王の部屋が二人の部屋になったとはいえ、いまだこの部屋は以前のままに残っている。
夜遅くまで仕事をする時のため……ということに公的にはなっているが、「あなたとのたくさんの思い出が詰まった部屋ですから」というのが王配殿下の本音らしい。「魔王の部屋は、あなたがいない時に一人で過ごすには広すぎて」とも。
これについては、口にしないながらも全くの同意で、一人寝が寂しくなるとこっそりとベッドを借りに来ていたのだが。
「……」
寂しかったなんて恥ずかしいことは言いたくなくて、寝たふりをしたら小さな笑い声が降ってきた。
絶対に、分かっている。分かっていて、聞いてくるのだからタチが悪い。
もしかしたら、以前から部屋を借りていたことも、ばれていたのかもしれない。
「……眠いんだから、邪魔するなよ」
いつまでも笑みまじりにキスを繰り返す男の手を逆にとって、引っ張った。
二人分の体重で、ベッドがわずかに軋む。
いつもよりも半分のサイズのベッドで二人、身体を寄せ合うと懐かしい記憶が思い出された。
結婚を決めた理由――。
一緒に眠りたかったのだ。
どちらかの部屋に泊まりに行くのではなくて、二人の部屋で。
恥ずかしいので、伝えたことはないけれど。
まわされた腕に乗せた頭を、何度も撫でられるのが気持ちよくて、今度こそ沈みそうになる意識の中でぼんやりと思う。
たった数日が我慢できずにこの部屋へ来てしまった自分と、予定を早めて帰ってきてしまった彼。似たもの同士だから、もしかしたら同じような理由だったのかもしれない、と。
ハヅキ様、本当にありがとうございました v
そしてこの話に激しく盛り上がっちゃって、つい勝手に書いてしまったのがこちら→ ■
よろしければどうぞ。続きではないですが同設定です。
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