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やっぱり、あなたの隣で

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 晩餐後、ユーリは再び執務室へと籠った。食事の間は同席する兄弟達や王佐の手前、普段通りを繕っていたが、コンラートに対する怒りはまだまだ治まらないようだ。護衛の顔をしてついて行けば、鼻先でぴしゃりと扉が閉められてしまった。
 黒光りする扉には国の中枢らしく厳めしい彫刻が施されている。それを間近に眺めて、コンラートは諦めの息を吐いた。だがユーリの機嫌を損ねたことに対しては後悔はしていない。むしろ多少怒らせても、思い留まらせられたことは良かったと思っている。

 ここのところただでさえ超過気味の魔王のスケジュールだったが、そこに安請け合い、と言えばまた彼は怒るのだろうが、ユーリはまた新たに仕事を抱えてしまった。多忙を理由に断っても差し支えない類いのものだった。それを「だって俺が断ったら困る人も出るだろ」。少しばかり――そう、毎日一時間ずつほど私的な時間をそっちに当てれば済むことだと、口には出さずともユーリがそう見積もったのが、コンラートには手に取るように判った。
 人は自分の権利が侵害されることには恐ろしく敏感で、そしてそれに対しては本能的に拒絶するように出来ている。コンラートとて例外ではなかった。
 ユーリは自分の睡眠を削ってでも時間を工面しようという腹積もりらしいが、そんなことは彼の王配でもあるコンラートが見逃せない。だったら自分との語らいの時間を差し出してもユーリをきちんと眠らせてやりたいと思ってしまう。つまりだ、結果的に自分は損を被るではないか。
「状況を見極めて断ることも大切ですよ。みんなに良い顔は出来ないんですよ? 無理を重ねて過労で倒れでもしたらどうするんですか。それこそ周囲に多大な迷惑がかかるでしょう」
 もっともらしく嗜めたところで、裏にあるのはもっと利己的な理由だ。ユーリもそれを感じ取ったらしい。コンラートの言いざまも勘に障ったようで。
「これはおれの仕事だ。護衛殿には黙っててもらおう」
「いいえ、あなたの夫だから言うんですよ。ユーリ陛下の王配として意見しよう。この件はグウェンにでも持って行ってもらえないか」
 コンラートがユーリの頭越しに告げれば、秘書官はどこかほっとしたような顔でそそくさと下がっていった。そもそも断っていい話だ。
 それでもユーリはコンラートの進言を受け入れたが、すっかり臍を曲げてしまっていた。いや、「諾々とあんたの言いなりになるわけじゃない」という意思表示か。

 コンラートは扉を配下に守らせて、ユーリをそっとしておくことにした。今、刺激しても逆効果だと知っている。ちょっと一人にさせて、気が済んだら戻ってくるだろう。最近疲れ気味のユーリが寝に戻ってくるのに二、三時間。執務で凝った肩を揉んでやるのも良いかと考える。安直な懐柔策だが、謝罪やユーリの身体を心配していることや、あと、俺の事も忘れないでください、なんてのもきっと余さず伝わるはずだ。

 だが三時間を越えてもユーリは魔王の私室――結婚してからは二人の、だ――に戻ってはこなかった。
 これは迎えにこいということなのかと、執務室へ行けば扉の前に立っている筈の衛兵の姿はなく、部屋は既に施錠されている。ならば何処へ?
 大浴場や厨房、談話室などを順に探してまわって、念のためと足を向けたのは以前のコンラートの部屋だった。コンラートがユーリの部屋に移った後も、ここはそのままに残してある。思い出を封じ込めた場所という認識は彼も同じらしくて、たまにユーリもこっそり訪れているらしい。
 果たして部屋の前には衛兵の姿があった。コンラートを認めてなんとも困った顔をするので、コンラートに魔王が部屋を
移った報告が来なかったのは本人が口止めしたせいだと理解したが。更に魔王から預かった伝言が。
「明日の朝までは誰も通すなとのご命令です――その…夫君も、と陛下が」
 ユーリがあえてコンラートをそう称したのは、間違いなく先程の当てつけだ。

 壁際の蔵書にも興味を持てず、机の隅の報告書に目を通すのもおっくう。胸の奥に何かが詰まったようで、酒を飲む気にもなれなかった。
 暖炉は先週から火を入れることもなくなって、美しく掃き清められたままだ。それが余計に部屋を寒々しく見せているのかもしれないと、コンラートは一人っきりの豪奢な部屋の真ん中で思った。
 明朝には起こしに行くことを許されているのだから、と自分を慰めてみても落ち着かない。
 やっぱり、魔王の部屋は一人で過ごすには広すぎる。


End


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