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06蕾のままに枯れぬように
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見て確かめなくとも、わかることというのはある。たとえば、先程からじっと当てられているユーリの視線だとか。
開いた新聞を折り返しざまリヒャルトが顔を上げれば、確かに彼の真っ黒な瞳とかちあった。
「どうした」
「…いや。別に」
何でもないと外すその目が不安定に揺らいで、朝の澄んだ空へと流された。
窓枠に切り取られた淡い青に、薄くたなびく雲。
実際に遠くを見ているだけではない切なさを纏って、少年の口元には淡い笑みが浮かぶ。
そんな姿が不憫で。苦しいものを感じる一方で、リヒャルトは苛立ちも覚える。
同じ瞳――銀の光彩を持つ俺の瞳を見てそんな顔をするのに。どうして、俺じゃない。
唇を引き結んで、記事の上へと意識を戻した。見出しを拾って、特に読むべきものも見当たらなくて、またばさりと折り返す。
ユーリが黙ってキッチンへと引っ込んだ。
リヒャルトは先ほどまで自分で禁じていた窓の方へと視線を許す。
変わらず明るい春の空。部屋に籠るひんやりとした空気など知らぬげに。
思い立って窓を上げた。案の定、室温よりも暖かな風がふわりと入ってくる。春の匂いを含んで。湿った若草のに混じって香ばしい匂いがした。コーヒーの芳香。
しばらくして、ユーリがカップを二つ下げて戻ってきた。
礼を言って受け取る。
薄いコーヒー。ミルクも入っていない。
ユーリはまるで気が付いていない。先までと同じ窓のそばで、自分のカップを啜っている。
きっと同じく薄い、それでいて砂糖もミルクもたっぷり入った、ユーリの好みの。それでこれは、俺の、ではなく、彼の名付け親の好みなのだろう。
ユーリの中で無意識のうちに混濁する、名付け親と俺と。
黙って飲み下せば遣り切れなさが胸を焼く。
もう、いっそ――。
ユーリの椅子まで行ってその手のカップを取り上げた。
こちらを見上げる顔は無防備に甘く。だがそれも、リヒャルトがユーリの前髪を掻き上げる前に、冷たい何処かへ消えてしまうのだけれど。
「何?」
友人に対する柔らかな態度で行動の意味を尋ねてくる。
黙したまま差し入れた指で髪を梳く。以前よりもぱさついた髪。
幾度か滑らせて、そのまま頬を辿って。こめた力の強さに眉がしかめられた。
「何だよ」
ほどこうとするのに、上から肩を押さえればさすがに表情に険が浮かぶ。
「俺の目を見て」
もう、いっそ。
ユーリはこの目に捕らわれる。薄茶の中に銀の光彩が散らばる、彼の片割れと同じ目に。
すっかり混ざり合ってしまえばいいのに。
ユーリが執着する名付け親とこの俺と――どっちがどうだなんて、気が付けなくなるくらい。ひとつになってしまえばいい。君が壊れてしまう、その前に。
その黒い瞳に自らの目しか映らないようにして。冷えた唇を、そっと吸った。
「陛下――」
End
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