---------------------------------------- 或る高校生達の猥談 ---------------------------------------- ハンバーガーショップの片隅に陣取って、受け取ったばかりのフライドポテトを口に放り込む。 「んまい」 「満足か?」 向かいの席の渋谷が、綺麗な顔に半笑いを浮かべている。 「時々無性に食いたくなんねぇ?」 「うるさいんだよ佐倉。朝からポテト食いたいポテト食いたいって」 それでも一日俺に聞かされて影響されていたようで、渋谷も真っ先にポテトに手を伸ばす。 午後四時を少し回って、外はまだまだ冬の寒さだけれど日は確実に長くなっている。半分ほど埋まった二階席の客の半分は、自分達と同じような学校帰りの学生だ。時々こちらを見て囁き合っている女の子達――俺は渋谷と斜向かいの藤井に目をやって、無理もないかな、なんて寛大なキモチで知らん振り。 男前な父親と美人の母親には感謝している。彼らのDNAをしっかり引き継げたおかげで、中二の時に友達のお姉さんに童貞差し上げて以来、なんだかんだと彼女が切れることはない。 中学からの腐れ縁の藤井も、こいつも黙ってさえいれば、見てくれは良い。生身よりもグラビアの方が好きだという因果な嗜好の持ち主だけれど。 まぁ、だから、二人でツルんでいるとよく声を掛けられた。 だけどそれも高校に入って渋谷が加わるまではだ。 三人で居ると集まる視線は増えたが、お誘いはなくなった。 渋谷も男前。ただしコイツの場合はその性格が。 声高に主張するわけではないが、彼の中には一本通った筋を感じる。野球小僧の癖に野球部入らないで俺らとこんな時間にツルんでいるのは、その曲がったことに我慢できない性格が災いしてだと人伝(ひとづて)に聞いた。こんなお姫様みたいなツラしてんのに。教師殴ってどーするよ。 そんな、性格は誰よりも男らしい渋谷は女の子も裸足で逃げ出す位の美人で、それが仇になって女の子達からは敬遠されている。 天然なんだか何なんだか、目の前の渋谷はそんなことまるで気付いちゃいないが。 自分のポテトがなくなって藤井のに手を伸ばす。叩(はた)かれるかと思ってたら、わざわざこちらに向けて勧めてくれた。 「……なに?!」 「――いや、ちょっと聞きたいんだけどさ」 藤井は身を乗り出してきた。 反対に俺は身を引いた。 「なんかまたロクでもないことを…」 「イヤイヤイヤそう言わずに」 「なになに?」 渋谷も身を乗り出してくる。下ネタのニオイを嗅ぎ取ったのか。 黙っていればモテるハズの藤井は、最近PCを買ってから性少年化に拍車がかかっている。渋谷は花の顔(かんばせ)を裏切ってあくまで年頃の男の子だし。ヨコシマな期待に目をキラキラさせんな…。 藤井は唾を呑み込んだ。ざわめきの満ちるファーストフード店の片隅で一段と声を潜めて。 「フェラって知ってるか?」 ぶっ。 あーあ……嘆息する俺の向かいで渋谷はキョトンと毒気の抜かれた顔で。 「テニスウェアのブランドだろ?」 そっからどう下ネタにつながるんデショウカ。と。 あぁ渋谷、そのまま純真なままで居てくれ。 「違う違う、フェラチオ」 彼のキヨラカさには何の感慨も抱かない藤井は更に続ける。 「チオビタ?」 あぁもう。 「で、それが?」 あまりその単語を連呼されたくなくて話の先を促した俺に、藤井は食いついてきた。 「アレってやっぱ気持ちいいもんか? いや、もう、びっくりしてよー。衝撃映像だよ」 どんな映像を見たんだか…。そんな期待に目を輝かせるな。気色悪い。 「まぁ、それなりに…」 話の見えてこない渋谷が焦れて顔を寄せ合う俺達の間に割り込んできた。 「何の話だよ、俺にも参加させろ」 「いや、お前は知らない方がいいぞ。聞いたらショック受けるぞ」 藤井、台詞を顔が裏切っている。新しく知り得た知識を披露したくてしょうがないと言っているぞ。 渋谷の目の前で大人への扉がひとつ開け放たれた。 「女の子がちんぽを舐めてくれるんだ。お口でご奉仕って」 あ。噴いた。 コーラにむせて、わたわたと渋谷が紙ナプキンを掴んでいる。 「鼻から出すなよ、きたねーなー」 □ □ □ □ □ 石造りの部屋は、暖炉の火を落としても、そうすぐには寒くはならない。だけど春を前に名残の雪が降りしきるこんな夜は、すぐ傍のぬくもりが心地よい。 くっついていたらなし崩し的にそういう展開になるのも致し方ない。彼は自分の護衛だけれど、恋人でもあるのだから。 脱がされて粟立つ肌をあたたかな手の平が撫でていく。キスされたところに火が灯る。期待に頭をもたげ始めた処を指と口唇で弄られれば、生まれた熱は身体中に燃え広がっていって、冷えた空気すら心地良くなる。 羞恥を誘うような睦言を囁かれて軽く睨んだら、こちらを伺う彼が居た。自分の雄を口にして、ひどく卑猥な状況で。なのに、こんなことをしていても彼は魅力的だ。 探るように眇められた両目に男くさい艶を感じて、そう感じたことが口中のものに伝わったものだから、喉の奥で笑われた。 足の間の柔らかな髪に指を差し入れて極める。 とたんに吹き出す汗と荒い呼吸。快感を得ることに専念していた身体中の組織が、慌てて本来の働きを再開する。 しばし放心と脱力に身をゆだねて、相手がまだ襟元のボタンすら留めたままなのに気が付いた。自分はすっかり剥かれて、あられもなく逐情させられたというのに。 羞恥と申し訳なさを半分ずつ感じて、首に腕を絡めて引き寄せた。キスを交わすと僅かに感じる青臭さ。 たとえそれが自分が吐き出したものであっても、二人の間で分け合う感覚に陶酔を覚える。 □ □ □ □ □ ようやく治まった渋谷は鼻に逆流したコーラのせいで涙目になっている。顔が赤いのはむせたからか藤井の下品な話のせいか。 いかん。どうもコイツは時々俺のアイデンティティーに揺さぶりをかけてくる…。藤井はなんとも思わないんだろうか。斜向かいに座る藤井は嬉しそうに隣の渋谷の世話を焼いていたが―― 「びっくりしたろー? なぁキモチワルくないんかなぁ。でもなんかすごいよな、ゾクゾクするよな。あんなとこ咥えられたらなぁ」 ――なんとも思わないんだな。つーか、気の迷いだ、気の。ちょっとコイツが美人だからウッカリ間違えてんだ。心の中で激しく迷いを振り払う。 最後のポテトを口に放り込んで、自分のではなかったことを思い出した。 「ああ、でも、やっぱアッチに入れる方がキモチイイと思うぞ。口でってのはイケナイことしてる感じがクルけどさ」 俺は藤井にポテトで魂を売った、のか? □ □ □ □ □ 肩を押して促すと、察して体勢を入れ替えてくれた。 彼に馬乗りになって胸元をはだけキスをおとす。寝間着の下衣に手を差し入れてずらすと、腰を浮かせて脱がせ易くしてくれる。どうやら今日の彼は自分にこうされたかったみたいだ。 爪をたてるみたいに肌を弄って、先程されたように身体中にくちづけて。既に猛っている彼の中心にもくちづけを。 両の手を彼の手と繋いで、伸ばした舌で掬うように舐めあげる。きゅっと指先に力が込められる。 されるのは恥ずかしいが、するのはそうでもない。こんなふうに反応を返されると嬉しいし。 喉の奥を開くみたいにしてゆっくり息を吐くと更に深く咥え込めることは、やっているうちに判ったこと。むせないようにゆっくり頭を上下させると、繋いだ手がさらに握り締められて、彼が更に熱く成長する。 日頃、与えられるばかりの自分が何かを齎(もたら)す――それはひどく心がときめくことで。 握り合った手を離して根元に指を絡める。片手でひんやり柔らかい二つのふくらみをくすぐって。口唇と舌で先を舐めしゃぶる。 彼の手が髪を梳く。その心地良さと、彼に与えているという高揚感。 先を啜り上げたならば塩っぱい体液を感じる。 目を上げて、こちらを見ている瞳とぶつかった。ゆれる蝋燭の灯りを弾いて鈍く輝く。濡れている――ように見える。子供にはとても真似できない大人の色香が、ぞわりと背筋を撫で上げる。 悔しくて、見せ付けるみたいに舌を出して舐めまわした。 もういいよ、と髪をゆるく引かれたけれど。指をもっと絡めて口を窄めて上下させて。 髪に絡んだ指に力が入ったのが先か、息を詰めたのが先か。 深く咥え込んだそれがびくびく震え、自分はそれを夢中で吸い上げた。いつもどれだけあんたに気持ち良くしてもらっているのかを伝えたくて。 喉の奥に叩き付けられるのを、むせないように慎重に受け入れて、すべてを吐き出させるように啜り込んで。仰け反って流し込む。 嚥下する様子を見せ付けると、目元に朱を刷いた恋人がこくりと息を飲んでいて、滅多に見る事のないうろたえた表情は、この気持ちを熱く満たしてくれた。 □ □ □ □ □ 「なぁ佐倉、おまえ飲んでもらったりするのか?」 「……俺が付き合ってきたのはフーゾク嬢じゃねーぞ」 俺の言葉に今までずっと顔を赤らめて下を向いていた渋谷が反応した。 「……?! オネーサンばっかだけど、素人だぞっ?!」 「じゃなくて、フーゾクの人とかじゃなくてもさ……その場の勢いって言うか、愛しさ余ってつい、飲んじゃった――」 渋谷はまくしたてて、そして唖然とした俺達に気付いたらしい。 「――ってコトもあるかもしれない、よな?」 しばし微妙な沈黙が流れる。きっと俺と同じように今の台詞を頭の中で検証しているはずだ。 渋谷は今、一般論を言ったんだよ、な? ……お、おう。 実は無駄に頭も良い藤井が一番に確認し終えたらしい。 「そだな、そういうこともあるかもしれないな」 すっかり冷めたチーズバーガーに手を伸ばす。 「だからって万一彼女ができてもいきなりさせんなよー。絶対嫌われっから」 ……綺麗な顔で真っ赤になられると、自分が女の子の前で猥談繰り広げているセクハラオヤジのような気がしてくる。 なんだよっ渋谷、お前だっていっつもがっつり喰いついてくるだろ。こういう話好きだったんじゃないのかよ。 仲間だと思っていたのに裏切られたような――もしくは裏切ったような――居たたまれなさを誤魔化すように俺も乱暴にハンバーガーに噛り付いた。 初恋の相手が夜の帝王――渋谷有利16歳の不幸は、きっとそこだ。 End ブラウザバックでお戻りください |