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手の甲に王子ごっこのキス◆思い出し笑い
               お題:TOY
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 会議室に向かう途中で一本向こうの廊下にコンラッドを見かけた。
コンラートはとても目が良いので、大抵ユーリより先に気付いている。この時もいつものように会釈を送ってきた。隣にいた女性も慌てて膝を折った。先立って打ち合わせをと急いでいたので、そのまま手を挙げるだけで応えて。良く知っている気がするけれど、果たしてあの女性は誰だったろう。
 疑問はそうは続かなかった。
 たどり着いた会議室で待っていた王佐を見た途端、あ、と声が出た。
 さっきの女性を知っているわけじゃなくて、ギュンターだと。髪の色は薄い金だったが、顔立ちだとか雰囲気だとかはギュンターと同じ系統だった。
「親戚来てる? 八十歳くらいの女の子」
「ええ。母方の従妹が先日から。お会いになりましたか」
 ギュンターは書類を読むためにずらしていた眼鏡を戻した。秀麗な王佐の口元がきゅっと上がっている。何、と問えば。
「いいえ」
「なんだよ」
 否定はしてみるものの、言いたくてしようがないという顔だ。
「リルですよ。リル王女様」
「リル…王女?」
 眞魔国で王女と言えば他国へ嫁に行ったグレタしか居ない。ツィツエーリエの時代は三兄弟だったし、それ以前は…。
 王佐が小さく噴き出して、その表情でぱっと思い出した。
「あのチビか!」
「このたび婚約が調ったので、そのご報告にあがったのです」
 ご安心ください、というギュンターがうっとおしい。
 まだあの女性がほんの幼女だった頃、父親に連れられて血盟城に滞在していたことがあった。天使のような愛らしい見てくれにすっかりグェンダルは骨抜き。リルはここへくればお菓子が貰えると覚えてしまって、しょっちゅう執務室にやってきた。
「だったらグェンとこしっかり挨拶に行かせろよ。ひどい仕打ちしたんだから」
 幼いリルの中で強面の宰相はあくまでお菓子をくれるだけの人。彼女のお眼鏡に叶ったのは一見爽やかイケメンのコンラートの方だった。
 元とはいえ本物の王子様のオーラがあればお人形もおままごと道具も必要ないらしく、彼女はコンラート相手のお姫様ごっこに夢中になった。
「王子様ってグェンだって王子様なのにな。しかも長男だし」
「彼は厳格な父親役でしたからね」
 リルは一国の王女でコンラートは敵対する国の王子。互いに愛し合っているのに運命に引き裂かれる二人、という設定だったらしい。その小芝居を一週間は見せられた。
 ユーリはコンラートの国の王様で――なんでおれの息子が名付け親なんだよという抗議は「ごっこだからいいの!」というもっとも過ぎて癪な理由で却下された――二人の中を引き裂こうとする極悪非道の暴君だったが、幸いリルの父親は娘が毎日そんな不敬な設定で遊んでいることなどまったく知らずにいた。
 やはりギュンターがおかしそうにこちらを伺っているのでユーリはうんざりする。
 今なら確信が持てる。絶対あの男はわざとやっていた。
 その時、くだんの男がのこのこ部屋に入ってきた。


 コンラートが遅れて会議室に足を踏み入れれば、とげとげしく睨み付けてくる王。反して王佐は愉快げに口元をほころばせている。
「どうかしましたか」
 面喰って尋ねれば。
「くっだらないことのために、いたいけな少女の心を弄ぶなよな!」
「は?」
 王佐が手元の書類で顔を覆った。王はぷいっとそっぽを向いて、わざとらしく資料を読みだした。
「ギュンター! 笑いすぎっ」


End


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